けっきょく睡眠はあまりとれぬままに5時半頃に起床して、京都駅から6時48分発の「のぞみ」に乗りました。幸いにも、すっきりとした秋晴れの朝です。
東京には9時すぎに着いて、「はやて」に乗り換え、車中ではだいたい寝ていました。新花巻に着いたのは11時47分でしたから、道中はぴったり5時間です。
新幹線を降りると駅前の「山猫軒」で昼食をとって、タクシーで花巻農業高校に向かいました。 校内の「第二体育館」で、「賢治先生を偲ぶ会」が朝9時から行われているということでそちらへ向かったのですが、体育館が近づくと、「精神歌」の合唱が聞こえてきます。まさに、最後のプログラムが始まったところでした。
会場へ滑り込んで、二番の途中から歌に加わって、少しだけ写真を写しました。
体育館でのプログラムが終了すると、会場におられたお知り合いに2人ほどあいさつをして、「羅須庭園」の方に向かいました。
ここには、すでに除幕式のすんだ「賢治銅像」が、どっしりと立っていました。あの有名な、ベートーヴェンを真似たスタイルの写真をもとにした立像ですが、三次元の像となると、いろんな方向から眺めることができてしまうので、あの写真を見慣れた者からすると、ちょっと不思議な感じです。これまで見られなかったようないろんな賢治さんの表情が見えます。
私があちこちから眺めたり写真を撮ったりしていると、女生徒が2人、「あれって1000万円かかったんだって…」と小声で話しながら通りすぎていきました。私には、真偽のほどはわかりません。
いずれにしても、存在感あふれる「賢治先生」の姿が新たにここに出現したことによって、彼のファンにとってはまた一つ見逃せないスポットが生まれたことは、間違いありません。
この後、羅須庭園で高校生たちによる鹿踊りを見学して、それからいったんホテルに荷物を下ろして、3時半頃から詩碑前広場に向かいました。
今年の賢治祭については、またいずれきちんとした報告ページを作らなければならないのかもしれませんが、私にとってはこれまで何回か参加してきた中で、最も感動的で印象深い回となりました。
雲一つない降るような星空に恵まれたおかげもありますし、「賢治銅像」を作られた彫刻家の橋本堅太郎さんのお話の素晴らしさもあったでしょうが、それに加えて、藤原真理さんによる「賢治旧蔵チェロ」を用いた演奏が、圧巻でした。
本当に信じられないことですが、今晩の藤原真理さんは、ふだんは賢治記念館のガラスケースの中に収められている賢治が所蔵していたチェロそのものを、花巻市の許可を得て借り出し、演奏に使用されたのです。数十年もきちんと演奏家によって手入れもされていない楽器を、急に生演奏に使うなどとは、無謀なことのように思えますが、しかしこの賢治のチェロは、今晩藤原真理さんによって、驚くほどの素晴らしい音色を引き出されたのです。
「弘法は筆を選ばず」とは言いますが、失礼ながら私などはほとんど骨董的価値しかないのではないかと思っていた「賢治のチェロ」から、数十年の時を経て美しい音楽が流れ出すと、何かの奇跡に立ち会っているような感覚にとらわれました。
藤原さんは、最後の「精神歌」の全員合唱の時にもチェロで伴奏をして下さって、これは参加者皆にとって、素晴らしく贅沢な精神歌でした。
第一部が終わると、ミーハーの私は真理さんを追いかけて、このために持参したCD「風のかたみー宮澤賢治へのオマージュ」に、サインをしてもらいました。20数年前の大学オケとの共演のことも彼女はちゃんと憶えて下さっていて、あの頃と同じように優雅に美しく、彼女はサインをしてくれました。
あと下の写真は、今日3回目の公演となる花巻農業高校鹿踊り部と、「劇団らあす」による野外劇「風の又三郎」の一場面です。
Kyo
こんにちは。藤原真理さんが賢治祭でチェロを弾いたという新聞記事を読み、詳しく知りたくて検索していたらこのページに着きました。すばらしいサイトですね! これからちょくちょく訪問させていただきます。賢治のチェロで藤原真理さんのなまの演奏を聞かれたとは、うらやましい限りです。
藤原真理さんは1998年の没後65年賢治祭でも賢治のチェロを弾かれ、「調整すれば、まだまだ使えるいいチェロ」(地元の新聞記事から)と言われたそうでした。
hamagaki
Kyo さま、コメントをありがとうございます。
賢治祭で、藤原真理さんによる賢治のチェロの演奏を、すぐ目の前で聴くことができたなどというのは、生涯にも何度かあるかというような幸せの一つでした。
賢治所蔵の楽器については、今回の演奏を終えた藤原真理さんは、「鈴木のよくできた楽器です」とコメントしておられたと、賢治祭の司会の方が終了後に報告してくれました。
上の本文で私は、その賢治のチェロのことを「何十年もきちんと演奏家によって手入れもされていない楽器」などと表現してしまいましたが、これはやや言い過ぎだったようです。宮沢賢治記念館はこのチェロを数年に1回は鈴木バイオリン本社に送って、調整を続けているのだそうで、この記事をアップした翌日に、賢治学会会場でご指摘をいただきました。
このような作業にも、何とかして時代を越えて「賢治のこころ」を生かし続けようとする関係者の思いが感じられます。そして、私と同じように、賢治を愛する人々がこの世にたくさんいてくれることを、私自身も心づよく感じます。
Kyo さまのサイトも拝見しましたが、本当にチェロと賢治がお好きなのですね。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
Kyo
賢治のチェロのこと、詳しく教えてくださってありがとうございました。参加できなかった賢治祭のようすが手にとるようにわかり、たいへん感謝しています。
こちらのサイトから、宮澤賢治学会のサイトへ飛んでみましたら、「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」と書かれていたので、すっかり嬉しくなり、私も入れていただくことにしました。賢治の作品の勉強はまだまだこれからですが、今後ともどうかよろしくお願いします。
shiomi
お晩です。イーハトーブ詣での疲れは取れましたか? 私は風邪の熱を押して、夜行バスに乗り込みましたが、花巻に着いてみると、もうすっかりと治っていたようです(笑)。いかに東京の空気が健康によくないか、分かるような気がします。私は花巻着のその足で花農に向かい、除幕式に立ち合い、「賢治先生を偲ぶ会」にも最初から参加し、羅須地人協会でお茶と主菓子「ホモイ」を味わい、食品化学科製のお弁当も頂戴したので羅須庭園でいただき、鹿踊りは見ずに退散。その後は身照寺から詩碑前に移動し、舞台の一番前で鑑賞しました。いつも挨拶できず…ですが、顔が分からないのですから仕方ないですね。ここ3年ほど、学会にも会費を支払ってなかったのですが、24日、記念館前庭に胡四王神楽を見に行くついでに支払ってきましたので、また復活しました(笑)。またお会いすることがあれば、よろしくお願いします。
hamagaki
shiomi 様、お元気でイーハトーブを巡り戻ってこられたとのこと、心よりお慶び申し上げます。終わってからもハードスケジュールのお疲れが出なかったか、心配申し上げておりました。
私は逆に、京都に戻って2~3日してから軽い風邪症状に見舞われましたが、今は回復しています。
21日に私が花巻農業高校に着いたのは昼すぎで、体育館の「偲ぶ会」の最後だけ顔を出して、しかし「お寿司」はいただいて、「賢治先生の家」のお茶会と鹿踊りを見てから詩碑前に移動しました。
花農でも約1時間ほどは shiomi 様とご一緒に滞在し、賢治祭の第一部でも同席させていただいたわけですね。私は広場では2列目にいたのですが・・・、お顔がわからずに失礼いたしました。
記念館前庭の胡四王神楽は、私も3年前に拝見しました。ところどころ、ドキッとするほどの優雅さに心打たれたのを憶えています。栗駒・大迫・飯豊森の神楽はいかがでしたでしょうか?
それにしても、いつかはお会いできる日を楽しみにしています。
今度は、私の方で何か「目印」になるようなものを持っておくことにしましょう(笑)。