五輪峠の歌

 田川広之さんとおっしゃるギター奏者の方が、「賢治の『五輪峠』に曲を付けてみた」とのことで楽譜を送って下さいました。
 下記は、その旋律に私が伴奏を付けて、VOCALOID の歌を入れてみたものです。ここで演奏を公開することを快くご了承いただいた田川広之さんに、感謝申し上げます。

 今回、田川さんが曲が付けられたのは、賢治の「五輪峠」の「下書稿(一)」において現れる、独特の民謡のような雰囲気を持った一節です。残念ながらこの部分は、その後の推敲によって削除されてしまうので、最終形となる「下書稿(二)」では見ることはできません。しかしこの一節に、東北地方の民俗的な奥深さにも通ずるような不思議な魅力を感じるのは、田川さんや私だけではないでしょう。

 「五輪峠」という作品において、賢治はこの峠に登りながら、それまでの彼の理解では、「地輪峠」「水輪峠」「空輪峠」・・・などと五つの峠が並んでいるので「五輪峠」と呼ばれているのかと思っていたのに、実際には一つの峠しかなくて、そこに昔から「五輪塔」が建っているから「五輪峠」と名づけられているのだと知ります。そうすると、賢治は自分が想像していた「五つの峯が/頭の中でしづかに消える」のを感じ、そこから「存在」や「観念」の相対性ということについて、哲学的な空想をめぐらせていく・・・という展開になっていくのです。
 この過程において登場する今回の民謡調の一節は、そのような彼の幻想の中に現れた「歌の幻」ようで、あたかも「五つの峯がしづかに消える」のと同じように、推敲の進行とともにテキストから消え去っていきます。

 下記の歌の伴奏は、「太棹三味線」と「鈴」にしました。テキストに「みちのくは風の巡礼」と出てくることから連想して、雪道を歩いていく巡礼の姿をイメージしていて、巡礼が出てくる他の作品の雰囲気も、少しだけ背景にあります。


「五輪峠の歌 (宮澤賢治詩・田川広之曲)」(MP3: 1.96MB)


みちのくの
五輪峠に
雪がつみ
五つの峠に雪がつみ
その五の峯の松の下
地輪水輪また火風
空輪五輪の塔がたち
一の地輪を転ずれば
菩提のこころしりぞかず
四の風輪を転ずれば
菩薩こゝろに障碍なく
五の空輪を転ずれば
常楽我浄の影うつす
みちのくの
五輪峠に雪がつみ
五つの峠に…… 雪がつみ……