萩京子ソング集

1.まなこをひらけば四月の風が
2.五がつははこだてこうえんち
3.かはばた
4.ケンタウルス 露をふらせ

 萩京子さんは、「オペラシアターこんにゃく座」の座付作曲家として、長年にわたりたくさんのオペラを作曲しておられますが、賢治の作品にもとづく曲も多く、オペラでは「シグナルとシグナレス」、「猫の事務所」、「北守将軍と三人兄弟の医者」、「注文の多い料理店」、重唱曲として「よだかの星」、「薤露青」、「風がおもてで呼んでゐる」などがあり、どれも素敵な作品です。
 ちなみに私は、萩さんが賢治の「薤露青」という詩について、「この詩で初めて、賢治はトシの死を乗り越え」、「死んだトシとの共同作業が始まったのではないか」(「『薤露青』作曲ノート」1996)と述べておられることに、心から共感する者です。

1.まなこをひらけば四月の風が

 まずは、萩京子さんによる「宮澤賢治の詩による重唱曲集 風がおもてで呼んでゐる」から、「まなこをひらけば四月の風が」をお聴き下さい。
 この曲集は、谷潤子(ソプラノ)・谷篤(バリトン)のデュエットの委嘱によって作曲され、1991年~1992年に初演されたもので、「1.馬」「2.林と思想」「3.電車」「4.かはばた」「5.風がおもてで呼んでゐる」「6.丁丁丁丁丁」「7.まなこをひらけば四月の風が」の7曲から成っています。
 カワイ出版による同曲集の楽譜の冒頭に、萩さんは次のように書いておられます。

晩年の『疾中』のなかの詩がみっつも含まれているのは、「死」の床から「生」を見据える視線に心惹かれたからだと思います。熱にうなされているような状態にありながら、心がしんとして、さわやかな風を感じる・・・、そのような境地は、ひとりで歌うのではなく、ふたりで歌うことに意味があるだろうとかんがえました。

 まさに上の言葉があてはまる、「まなこをひらけば四月の風が」です。

まなこをひらけば四月の風が
    詩: 宮澤賢治 / 曲: 萩 京子

まなこをひらけば四月の風が
瑠璃のそらから崩れて来るし
もみぢは嫩いうすあかい芽を
窓いっぱいにひろげてゐる
ゆふべからの血はまだとまらず
みんなはわたくしをみつめてゐる

またなまぬるく湧くものを
吐くひとの誰ともしらず
あをあをとわたくしはねむる
いままたひたひを過ぎ行くものは
あの死火山のいたゞきの
清麗な一列の風だ

2.五がつははこだてこうえんち

 賢治が農学校の修学旅行の生徒を引率して北海道に行った際に書いた「凾館港春夜光景」の一部の、とりわけ浅草オペラの香り漂う部分に萩さんが作曲したソングです。
 萩さんは、この曲の楽譜の作品解説に、次のように記しておられます。

 宮澤賢治の長篇詩「凾館港春夜光景」。1995年には詩全体に作曲するのだが、まずは浅草オペラの香りが漂う一部分に作曲し、「五がつはこだてこうえんち」とした。大正12年に賢治が上京した際、浅草オペラを見たと言われている。賢治が見たであろう浅草オペラを想像することで、不思議な高揚感が沸いてくる。浅草オペラはヨーロッパの音楽だったわけだし、モダンな香りが漂ったことと思うが、この詩は函館港の夜の賑わいと郷愁のような感覚に引きずられて、このような曲になった。

 まさに、「不思議な高揚感」が迫ってくる曲です。萩さんの元の曲はピアノ伴奏なのですが、アコーディオン伴奏に替えるとともに、詩の中に登場する「ビオロン(ヴァイオリン)」「銅鑼」「サミセン(三味線)」「笛(フルート)」なども加えてみました。

五がつははこだてこうえんち
    宮澤賢治作詩・萩京子作曲

  ……五がつははこだてこうえんち、
    えんだんまちびとねがひごと、
    うみはうちそと日本うみ、
    りゃうばのあたりもわかります……
夜ぞらにふるふビオロンと銅鑼、
サミセンにもつれる笛や、
繰りかへす螺のスケルツォ
あはれマドロス田谷力三は、
ひとりセビラの床屋を唱ひ、
高田正夫はその一党と、
紙の服着てタンゴを踊る

3.かはばた

 『春と修羅』所収の作品「かはばた」に、萩京子さんが曲を付けたもので、上の「まなこをひらけば四月の風が」と同じく、「宮澤賢治の詩による重唱曲集 風がおもてで呼んでゐる」の中の一曲です。
 この「かはばた」は五行だけのささやかな作品で、『春と修羅』の中でも、名前が挙げられたり論じられたりすることは、比較的少ないものでしょう。
 しかしこれは、不思議な茫漠とした光に満ちていて、いかにも賢治らしい神秘的な詩です。

 ここで賢治は、農学校の生徒たちとともに、燕麦の種子を運ぶ作業をしているのでしょうが、「風の中からせきばらひ」というのも、「光のなかの二人の子」というのも、現実の出来事なのか、一種の幻覚なのか、何とも言えません。労働の疲労感とともに、ある種の恍惚感が広がっていきます。

 萩京子さんがこの詩をもとに作った二重唱曲は、この曖昧な神秘的な雰囲気をそのまま写しとったような、断片的で夢のような一品です。

かはばた
    宮澤賢治作詩・萩京子作曲

かはばたで鳥もゐないし
(われわれのしよふ燕麦オート種子たねは)
風の中からせきばらひ
おきなぐさは伴奏をつゞけ
光のなかの二人の子

4.ケンタウルス 露をふらせ

 この曲は、賢治の詩によるものではありませんが、劇作家の北村想さんが「銀河鉄道の夜」をもとに書き下ろした劇の中で、ケンタウル祭の晩に子どもたちが「ケンタウルス、露をふらせ」のかけ声とともに歌う唄です。
 賢治の作品のあの場面の雰囲気──はじけるほど楽しそうなのに、どこか寂しさもひそんでいる──が、生き生きと伝わってきます。

          詩: 北村 想 / 曲: 萩 京子

一、星の祭の夜は
  星座表から星が空に帰る
  白鳥は舞い
  琴は奏で
  天秤は揺れ
  かんむり輝く
  ケンタウルス 露をふらせ
  子どもたちの髪をぬらせ

二、星の祭の夜は
  星座表から星が空に帰る
  牛飼いは歩き
  竜はうねり
  鷲は飛び
  蠍は跳ねる
  ケンタウルス 露をふらせ
  子どもたちの髪をぬらせ
  ケンタウルス 露をふらせ
  子どもたちの髪をぬらせ