草稿一覧表の見かた
1.対象作品
「『春と修羅』関連草稿一覧」に収載したのは,『【新】校本宮澤賢治全集』における以下の詩篇と、そのすべての逐次形(下書稿・原稿および自筆手入れ本における形態)です。
- 『春と修羅』 69篇 と 「序」 (「途上二篇」は表題のみ)
- 『春と修羅』補遺 10篇 (「小岩井農場 第五綴 第六綴」は、「小岩井農場」の初期稿として収載)
- 上記のいずれかの先駆的関連作品としての、「冬のスケッチ」 3葉 と 短歌 6首
「「春と修羅 第二集」関連草稿一覧」に収載したのは、『【新】校本宮澤賢治全集』における以下の詩篇と、そのすべての逐次形です。
- 「春と修羅 第二集」 114篇
- 「春と修羅 第二集補遺」 12篇 (上記で作品番号・日付を失ったもの)
- 上記のいずれかの文語詩への改作 11篇
- エスペラント詩への改作 2篇
- 上記のいずれかの関連作品 4篇 (「口語詩稿」「補遺詩篇 I」収録)
- 「春と修羅 第二集」のためのものと推定される「序」の下書稿
- 「兄妹像手帳」の中の「春と修羅 第二集、終結」と題されたメモ
「「春と修羅 第三集」関連草稿一覧」に収載したのは、同全集における以下の詩篇と、そのすべての逐次形です。
- 「春と修羅 第三集」 69篇
(「詩ノート」として同全集に収録されている上記の草稿 97篇を含む) - 「春と修羅 第三集補遺」 11篇 (上記で作品番号・日付を失ったもの)
- 上記のいずれかの文語詩への改作 26篇
- 上記のいずれかの関連作品 4篇 「口語詩稿」「補遺詩篇 I」収録)
- 「詩ノート」と同時期に同じ用紙に記入され、「生徒諸君に寄せる」と題された断章 1篇
各々の逐次形に関しては、原則としてそれぞれの「第一形態」を収載しました。ただし、下記の場合は、「第一形態」に加えて、「最終形態(手入れ稿)」あるいは手入れ途中の形態も、収載しました。
- その作品の最終形態として、手入れ結果が全集本文に採用されている場合
- 複雑な推敲が行なわれたり、その結果に重要性があるなどの理由で、『【新】校本全集』校異篇に、手入れ結果全文が再掲されている場合
- 1928年構想の「春と修羅 第二集」に収録予定のテキストに相当すると推定される、赤罫詩稿用紙上の形態
言いかえれば、草稿上の推敲部分を原則として除き、『【新】校本全集』の「本文篇」および「校異篇」に掲載されているテキストは、すべて収載したことになります。
2.時間軸
賢治は、来る日も来る日も自らの心に映じたイメージを手帳などに書きとめる作業を続け(=心象スケッチ)、さらにその死の直前まで、書きとめた草稿の推敲を飽くことなく続けました。その作品は、時間の中の一断面を切りとり、また時間をかけた推敲によって、多彩な変化を遂げていきます。
すなわち、彼の作品世界の全体像を見る上では、「時間軸」というものが、大きな意味を持っているのです。
この表の目的も、突きつめて言えば、「賢治が残した厖大で多種多様な草稿を、時間軸と関連させて位置づける」ということになります。
実際にこれを行うとなると、まず個々の作品が誕生した「時間」を見ておく必要があります。これに関しては、ほとんどの作品には「スケッチ日付」がつけられていますから、比較的簡単に位置づけが可能です。
この表では、原則として「スケッチ日付」が若い順に、上から下へと配列してあります。
一方、作品の転生転化を見るうえでは、作者が推敲や改稿をいつおこなったのかという「時間」も重要になってきます。これに関しては、賢治はどこにも「推敲日付」などは記入していませんから、私たちとしては、残されているテキストの形態や、使用されている草稿用紙の種類等から、時間的な系列を推測するしかありません。
具体的には以下のようにして、テキストの変遷の大雑把な順序が見てとれるように、表を構成しました。
『春と修羅』草稿一覧においては、各テキストを「初期稿」、「詩集印刷用原稿(第一段階~第四段階)」、「初版本」、「菊地氏所蔵本」、「藤原氏旧蔵本」、「宮澤家所蔵本」という9段階に分類しました。そして、表でこれらを左から右へと配列しました。
「第二集」および「第三集」草稿一覧においては、「賢治が用いた「詩稿用紙」について」で述べたように、草稿用紙を略式に5種類に分類し、表でこれらを時間順に左から右へ配列しました。
同一詩稿用紙への改稿は、右への「字下げ」によって表わしてあります。また、別種の詩稿用紙への改稿は、右への矢印によって示しています。
すなわち、この表において、「作品のスケッチされた時間」は、上から下へと流れるのです。
一方、改稿/改作(後述)など、「作者による手入れ作業の時間」は、左から右へと流れるのです。
この、「上―下」と、「左―右」という2つの時間軸にもとづいて、この表は構成されているわけです。
以上が、対象作品とその配列に関する、表の大まかな骨格です。
以下では、具体的な表の見かたについて説明します。
3.セルの背景色
『春と修羅 〔第一集〕』草稿一覧 においては、表における各テキストの表示背景色は、下記のように色分けしてあります。
テキスト | 初期稿 | 詩集印刷用原稿 | 初版本 | 菊地氏 所蔵本 |
藤原氏 旧蔵本 |
宮澤家 所蔵本 |
背景色 | 白 | 薄緑 | 緑 | ベージュ | 薄茶色 | 茶色 |
「第二集」「第三集」草稿一覧 においては、各草稿が、どの分類の用紙の上に書かれているかによって、背景色は下記のように色分けしてあります。
草稿用紙 | 詩稿用紙前 | 赤罫用紙 | 黄罫用紙 | その他用紙 | 定稿用紙 |
背景色 | 白 | ピンク | 淡黄 | グレー | 水色 |
いずれも、各草稿がどういう段階のものかをわかりやすく示すことで、「作者による手入れ作業の時間」の流れを、なるべく可視化しようするものです。
『第一集』の原稿や手入れ本に関する事項は、「『春と修羅 』の原稿と手入れ本について」をご参照下さい。
また、「第二集」「第三集」の草稿用紙の詳細については、「賢治が用いた「詩稿用紙」について」をご参照下さい。
4.作品名
表内には、原則として「作品番号 題名 日付(稿番号)」という形で、作品名とその稿が表記してあります。
上記のうちいずれかを欠いている稿では、それを欠いたまま表記しています。
ただし例外として、各作品の最終形態が題名を欠いている場合には、「【新】校本全集」にのっとって、本文の第一行目を〔 〕で括ったものを題名のかわりに表記しました。
(例: 14 〔湧水(みづ)を呑まうとして〕 1924.3.24(下書稿(一)))
作者自身によって、その草稿全体が抹消されている場合には、作品名に取り消し線を付けました。
(例: 166 薤露青 1924.7.17(下書稿))
また、文語詩は、作品名をイタリック体で表記しました。
(例: セレナーデ(下書稿(一)))
5.推敲/改稿/改作
宮澤賢治の各作品が、時間とともに変化していく様態は、大きく次の3つのカテゴリーに分類できます。
-
推敲
これは、その草稿用紙の上で、字句を書き加えたり削除したり入れ替えたりする作業を指します。書きながらの推敲は同一筆記具でなされますが、一定の時間を置いての推敲は、多くは別の筆記具でなされています。
表においては、推敲による変化は、「│」(茶色縦棒)で結んで示しています。上にある草稿の推敲後の形態が、下の草稿です。
賢治は死ぬ直前まで、みずからの作品を繰り返し徹底的に推敲しつづけたことで知られています。 -
改稿
ある程度の推敲が加わって草稿の紙面が繁雑になってくると、賢治はそれをあらたに別の草稿用紙に書き直すという作業を行います。これが「改稿」です。そして多くの場合、新たな用紙の上で、再び推敲作業が始まります。
改稿は、同一種類の草稿用紙へなされる場合と、別種の草稿用紙へなされる場合があります。
表においては、同種用紙への改稿は「↓」(茶色下矢印)で表わしています。前述のように、改稿後の作品名は、改稿前のそれよりも、右への「字下げ」をしてあります。
別種用紙への改稿は「→→→→→→→→」(茶色横矢印)で表わしています。 -
改作
賢治は晩年になって、もとは短歌や短唱や口語詩であった作品の一部を、文語詩に作りかえています。このように、詩の形式が別のものに転化するような変化が、「改作」です。また、少数ではありますが、エスペラント語の詩に作りかえられる場合も、これと同様の「改作」と考えられます。
表においては、改作による変化は「・・・・・・・・・・・・→」(茶色の縦または横の点線)で表わしています。
また、『【新】校本全集』では、「作品番号」「日付」を持っていた作品が、改稿にともなってその両方を失ってしまった場合に、その稿を作品のあらたな段階と見なして、「発展形」と呼んでいます。(これは分類上は、「春と修羅 第二集」から、「春と修羅 第二集補遺」に移行することに相当します。)
この場合も、通常の改稿と区別するため、「・・・・・・・・・・・→」(茶色の縦または横の点線)で表わしています。
6.関連作品
推敲/改稿/改作 は、いずれも直接に草稿に手を加えたり書き直したりする作業ですが、これとは異なって、以前のある作品と同様の題材を、後になって別の角度から作品化している場合もあります。このような場合は、両者をたがいに「関連作品」と呼びます。
表においては、関連作品を「・・・・・・・・・・・・・・・・・」(緑色の縦または横の点線)で結んで表わしています。関連の時間的順序が明らかな場合は、「・・・・・・・・・・→」のように矢印を添えて表わしています。
7.ハイパーリンク・各草稿のテキスト
表において、作品名(稿)をクリックすると、別ウィンドウが開いて、その作品のその稿のテキストが表示されます。テキストはすべて、『【新】校本宮澤賢治全集』の「本文篇」「校異篇」に拠っています。
作者によって抹消された草稿のテキストでは、本文の文字全体を薄墨色で表示してあります。
別ウィンドウで表示されたテキストの下端には、「←前の草稿形態へ」「次の草稿形態へ→」というリンクが埋め込まれています。これをクリックすると、それぞれの稿の 推敲/改稿/改作 の前あるいは後の、稿のテキストに跳びます。
「←関連作品へ」「関連作品へ→」というリンクも同様です。