夏至祭の夜の広場

 童話「ポラーノの広場」に描かれている季節は、「一、遁げた山羊」の冒頭には「五月のしまひの日曜でした。」と記され、「二、つめくさのあかり」には「それからちゃうど十日ばかりたって……」とあり、「三、ポラーノの広場」は「それからちゃうど五日目の火曜日の晩でした。」となっていることから、レオーノキューストたちがポラーノの広場にやって来たのは、6月中旬頃と思われます。(物語途中、レオーノキューストは警察の取り調べで、ファゼーロとの出会いを「五月のしまひの日曜、二十七日でしたかな。」と言っているので、この記憶が正しければ、広場訪問は6月12日の火曜ということになります。)
 一方、劇「ポランの広場」の冒頭のト書きには、「時、一千九百二十年代、六月三十日夜、」と記されており、6月30日の出来事であることが明示されています。

 物語の中で、「ポランの広場の夏まつり♫」と歌われますが、この「夏」とは、7月~8月の「盛夏」ではなくて、1年で日が最も長い、6月の「夏至」の頃なのです。

 思えば、主人公たちが「つめくさのあかり」の番号を数えながら、あちこち彷徨いつつポランの広場に到達するというプロセスには、夜の8時になってもまだ外は薄明るくて、いったいどうやって時間を過ごそうかと思うような、夏至の頃の夜の雰囲気こそが、ふさわしい感じです。

ラトビアの夏至祭の切手
ラトビアの夏至祭の切手(Wikimedia Commonsより)

 先駆形の童話版「ポランの広場」では、キュステたちが広場に到着すると、甲虫や夜の蝶々など、さまざまな昆虫が飛びかい、ファゼロの服には無数の小さな蜂が集まって、花粉で黄色い縞模様や肩章を描いてくれます。ヨーロッパでは、夏至の頃には妖精の働きが活発になると言われているそうですが、シェークスピアの「夏の夜の夢(A Midsummer Night's Dream)」で、「豆の花」や「蜘蛛の巣」や「蛾」や「芥子の種」の妖精たちが登場して、いろいろ細かな働きをしてくれることなどを連想させます。

 また、'midsummer madness'とは、「底抜けの狂乱」という意味だということで、ポランの広場で山猫博士が楽しいパーティーをかき回し、ついにはファゼロと卓上ナイフによる決闘になって、あっけなく負けた山猫博士がほうほうの体で逃げ出す、というドタバタ劇も、そういう意味ではいかにも「夏至らしい」と言えるのかもしれません。

「イワン・クパーラの前夜」
「イワン・クパーラ(夏至祭)の前夜」(Wikimedia Commonsより)

 ところで、「春と修羅 第二集」の「〔温く含んだ南の風が〕」の下書稿(一)は、「夏夜狂躁」と題されていますが、これこそまさに'midsummer madness'の日本語訳として、ぴったりではないでしょうか。日付は「一九二四、七、五、」で、夏至よりは少し後なのですが、作品中の「天の川はまたぼんやりと爆発する」「うしろではまた天の川の小さな爆発」という描写は、「ポランの広場」の「天の川が x といふ字の形にぼんやりと白くかかってゐましたがたしかに水も流れてゐた様でした。たびたびパッと爆発もしてゐました。」という表現と、共通しています。

サハ共和国の夏至祭
サハ共和国の夏至祭(Wikimedia Commonsより)

 「ポランの広場」は、つめくさのあかりに付けられた読みにくい番号を、何千も数えながら進むという困難を乗り越えた人だけが行ける、「秘密の場所」だという設定になっています。夏至の祭が孕んでいるこのような「秘儀」的性格を、その究極まで突きつめたのが、「ミッドサマー」というホラー映画でした。
 5人の若者が、森を抜け期待に顔を輝かせて広場に入ってくるところは、キュステやファゼロたちがポランの広場に着いたところを彷彿とさせる映像なのですが、この後こちらの映画の方は、とんでもなく怖ろしい展開になっていってしまいます。

 「ポラーノの広場」でも、広場でドタバタ劇があった晩から、ファゼーロと山猫博士が行方不明になってしまうという、ちょっとしたミステリー的展開がありました。
 夏至の晩には、この世が異界に接近してしまうという、いつもと違う危うさがあるからでしょうか……。