『評釈 宮沢賢治短歌百選』

 宮沢賢治研究会より、『[評釈] 宮沢賢治短歌百選』が刊行されました。
 これは、九百首余りあるという賢治の短歌の中から代表作百首を選び、「宮沢賢治研究会」の会員が分担して解説を付けたもので、一見コンパクトながら590頁にも及ぶ浩瀚な一冊です。私も二首分だけ、分担執筆させていただきました。

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 宮沢賢治研究会会長の村上英一さんによる「はじめに──宮沢賢治の短歌について」の末尾には、この本の趣旨について、次のように記されています。

 本書では、賢治短歌の概論や作品の良否を論じるのではなく、選出した百首の短歌について、作品の背景にある伝記的事実や、短歌に詠み込まれた仏教用語・科学用語、植物、星、岩石などの事物、童話や詩など他作品との関連等を明らかにして、作品の鑑賞に資することを目指しています。賢治の短歌に親しんでいただくとともに、賢治への理解を深めていただくための一助となれば幸いです。

 賢治の短歌は、中学校から高等農林学校にかけての青春時代に詠まれたものが大半を占めていますので、この本を紐解いていけば、若き日の賢治がどんな感覚で周囲を眺め、どんな悩みを抱えながら生きていたのかということが、ひしひしと伝わってきます。まさに上記のように、「賢治への理解を深めて」くれる一冊です。
 ただし何せ大部な本で、一度に通読するのは大変ですが、気が向いたときに好きな所から一首ずつ評釈を読んでいけば、その都度賢治の精神世界の一コマが、眼前に開かれる感じがします。

 評釈の執筆は、栗原敦さん、杉浦静さん、鈴木健司さん、富山英俊さんなど錚々たる賢治研究の重鎮から、私なども含めたアマチュアの賢治愛好家に至るまで、幅広い層の人々が担当しているのが、この本の特徴です。しかもそのどの解説も粒ぞろいで、一般の方々による評釈であっても、語彙や伝記的事項の的確な把握に裏打ちされています。
 このあたりは、賢治作品の読書会を何十年も積み重ねてきた、「宮沢賢治研究会」の活動の蓄積の表れなのでしょう。

 本書は、宮沢賢治研究会の会員には、申込みに応じて印刷された紙の本が販売されましたが(税込み 1部3,300円)、発売元の「地人館E-books オンデマンド版」のページにリンクのある「お問い合せ」のフォームから、注文できるようです。
 今後さらに、Amazon サイトにて「電子版」(上下巻それぞれ1,250円)も購入できるようになるということですが、現時点ではまだ販売は開始されていません。
 また Amazon で購入できるようになりましたら、ここでお知らせしたいと思います。

【追記】電子版は Amazon にて2023年12月に発売されました。詳しくは、記事「Kindle版『評釈 宮沢賢治短歌百選』発売」をご参照下さい。

 最後に、本書の長大な目次を、下に掲載しておきます。

はじめに──宮沢賢治の短歌について 宮沢賢治研究会会長 村上英一

 歌稿

  〔明治四十二年四月より〕

1 父よ父よなどて舎監の前にして(歌稿B 0b1)栗原 敦

2 のろぎ山のろぎをとればいたゞきに(歌稿B 0e1)中地 文

3 ホーゲーと焼かれたるまゝ岩山は(歌稿B 0k1)李 啓三

  明治四十四年一月より

4 み裾野は雲低く垂れすゞらんの(歌稿B 1)大竹智美

5 ひとびとに/おくれてひとり/たけたかき(歌稿B 6a7)栗原文子

6 中尊寺/青葉に曇る夕暮の(歌稿B 8)大竹智美

7 まぼろしとうつつとわかずなみがしら(歌稿B 10)大沢正善

8 黒板は赤き傷受け雲垂れて(歌稿B 32)浜垣誠司

9 山鳩のひとむれ白くかがやきて(歌稿B 41)石島崇男

10 凍りたるはがねのそらの傷口に(歌稿B 54)平澤信一

11 ブリキ缶がはらだゝしげにわれをにらむ、(歌稿B 59)鈴木健司

12 風さむき岩手のやまにわれらいま(歌稿B 75)森 義真

13 うしろよりにらむものありうしろより(歌稿B 79)山崎善男

  大正三年四月

14 ちばしれる/ゆみはりの月/わが窓に(歌稿B 94)鈴木健司

15 熱去りてわれはふたゝび生れたり(歌稿A 98)私市保彦

16 目をつぶりチブスの菌と戦へる(歌稿A 108)信時哲郎

17 十秒の碧きひかりの去りたれば(歌稿B 111)森 義真

18 粘膜の/赤きぼろきれ/のどにぶらさがれり(歌稿B 115)宮澤哲夫

19 雲ははや夏型となり熱去りし(歌稿A 117)大沢正善

20 蛭が取りし血のかなだらひ/日記帳(歌稿B 121)外山 正

21 あたま重き/ひるはさびしく/錫いろの(歌稿B 147)宮澤哲夫

22 対岸に/人、石をつむ/人、石を(歌稿B 153)富山英俊

23 なつかしき/地球はいづこ/いまははや(歌稿B 159)村上英一

24 なにのために/ものをくふらん/そらは熱病(歌稿B 162)宮澤哲夫

25 目は紅く/関折多き動物が(歌稿B 166)大塚常樹

26 この世界/空気の代りに水よみて(歌稿B 168)本田裕子

27 いさゝかの奇蹟を起す力欲し(歌稿A 170)石島崇男

28 城址の/あれ草に臥てこゝろむなし(歌稿B 176)秋枝美保

29 しやが咲きて/きりさめ降りて/旅人は(歌稿B 186)小林俊子

30 いなびかり/またむらさきにひらめけば(歌稿B 193)青木静枝

31 夏りんご/すこしならべてつゝましく(歌稿B 209)秋枝美保

32 空しろく/銀の河岸の製板所(歌稿B 218)森本智子

33 あまの邪鬼じゃく/金のめだまのやるせなく(歌稿B 223)村上英一

  大正四年四月

34 かゞやける/かれ草丘のふもとにて(歌稿B 231)松行彬子

35 しめやかに/木の芽ほごるゝたそがれに(歌稿B 238)相原 勝

36 りんごの樹/ボルドウ液の霧ふりて(歌稿B 248)栗原文子

37 本堂の/高座に島地大等の(歌稿B 255a256)村上英一

  大正五年三月より

38 明滅の/海のきらめき しろき夢(歌稿B 262)李 啓三

39 輝石たち/こゝろせわしく別れをば(歌稿B 268)加藤碵一

40 浅草の/木馬に乗りて/哂ひつゝ(歌稿B 275)相原 勝

41 プジェー師よ/かのにせものの赤富士を(歌稿B 280a281)中地 文

42 かくこうの/まねしてひとり行きたれば(歌稿B 312)構 大樹

43 いまはいざ/僧堂に入らん/あかつきの、(歌稿B 319)小田部耕二

  大正五年七月

44 この丘の/いかりはわれも知りたれど(歌稿B 337)青木静枝

45 うたまろの/乗合ぶねの前に来て(歌稿B 344)杉浦 静

46 この坂は霧のなかより/おほいなる(歌稿B 346)信時哲郎

47 東京よ/これは九月の青りんご(歌稿B 349)小関和弘

48 ほしの夜を/いなびかりする三みねの(歌稿B 352)大明 敦

49 信夫山はなれて行ける機関車の(歌稿B 362)小関和弘

50 夜の底に/霧たゞなびき/燐光の(歌稿B 365)宮川健郎

  大正五年十月より

51 あけがたの食堂の窓/そらしろく(歌稿B 366)宮川健郎

52 「青空の脚」といふもの/ふと過ぎたり(歌稿B 391)大島丈志

53 いまいちど/空はまつかに燃えにけり(歌稿B 392)李 啓三

54 学校の郵便局の局長は(歌稿B 393)構 大樹

55なんだ。」/「さげの伝票。」/「だれだ。名は。」(歌稿B 415)外山 正

56 シベリアの汽車に乗りたるこゝちにて(歌稿B 421)小関和弘

57 つゝましき/白めりやすの手袋と(歌稿B 425)本田裕子

58 東京の/光の渣にわかれんと(歌稿B 429)相原 勝

  大正六年一月 一九一七年

59 わるひのき/まひるみだれしわるひのき(歌稿B 435)坪谷卓浩

  大正六年四月

60 ベムベロはよき名ならずや/ベムベロの(歌稿B 453)松岡康子

61 雲とざす/きりやまだけの柏ばら(歌稿B 457)坪谷卓浩

62 わがうるわしき/ドイツたうひは/とり行きて(歌稿B 461a462)松行彬子

63 さくらばな/日詰の駅のさくらばな(歌稿B 473)小関和弘

64 おきな草/とりて示せど七つ森(歌稿B 488)須長裕子

  大正六年五月

65 おきなぐさ/ふさふさのびて/青ぞらに(歌稿B 504)小田部耕二

66 あまの川/ほのぼの白くわたるとき(歌稿B 525)李 啓三

67 豆いろの坊主となりて七つ森(歌稿B 536)中谷俊雄

68 夜明げには/まだ間あるのに/下のはし(歌稿B 537)大島丈志

  大正六年七月より

69 よるのそら/ふとあらはれて/かなしきは(歌稿B 541)大明 敦

70 雲の海の/上に凍りし/琥珀のそら(歌稿B 548)李 啓三

71 岩手やま/いたゞきにして/ましろなる(歌稿B 550)信時哲郎

72 うるはしき/海のびらうど 褐昆布(歌稿B 560)栗原 敦

73 よりそひて/あかきうで木をつらねたる(歌稿B 578)正海澄恵

74 岩鐘のまくろき脚にあらはれて(歌稿B 583a584)加藤碵一

75 雲ひくき/青山つゞきさびしさは(歌稿B 585)須長裕子

76 うす月に/かがやきいでし踊り子の(歌稿B 593)伊藤卓美

77 オーパルの/雲につゝまれ/秋草と(歌稿B 598)加藤碵一

78 みちのくの/種山ヶ原に燃ゆる火の(歌稿B 602a603)中谷俊雄

79 けはしくも/刻むこゝろのみねみねに(歌稿B 640)杉浦 静

  大正七年五月より

80 暮れやらぬ 黄水晶シトリンのそらに/青みわびて(歌稿B 646)加藤碵一

81 ほしぞらは/しづにめぐるを/わがこゝろ(歌稿B 668)佐藤栄二

82 あゝこはこれいづちの河のけしきぞや(歌稿A 680)渡辺福實

83 「聞けよ」(〝Höre,〟)/また、/月はかたりぬ/やさしくも(歌稿B 690)梅田えりか

84 錫病の/そらをからすが/二羽飛びて(歌稿B 704)梅田えりか

  大正八年八月より

85 銀の夜を/虚空のごとくながれたる(歌稿B 719)本田裕子

86 みかづきは/幻師のごとくよそほひて(歌稿B 723)松岡康子

87 サイプレス/忿りは燃えて/天雲の(歌稿B 759)尾崎道明

  大正十年四月

88 杉さかき 宝樹にそゝぐ せいとうの(歌稿B 763)正海澄恵

89 かゞやきの雨をいたゞき大神の(歌稿B 764)私市保彦

90 ねがはくは 妙法如来正徧知(歌稿B 775)深田愛乃

91 みづうみは夢の中なる碧孔雀(歌稿B 783)浜垣誠司

92 父とふたりいそぎて伊勢に詣るなり、(歌稿B 801)大角 修

93 雲ひくく 桜は青き夢のつら(歌稿B 810)宮澤俊司

 雑誌発表・書簡・原稿断片等・童話の中の短歌

94 あめつちに たゞちりほども 菩薩たち(82『校友会会報』)杉浦 静

95 春すぎて かがやきわたる あめつちに(83『校友会会報』)大竹智美

96 つくづくと「粋なもやうの博多帯」(158 書簡中の短歌)加藤碵一

97 塵点の/劫をし/過ぎて/いましこの(257〔雨ニモマケズ手帳〕)深田愛乃

98 あはれ赤き/たうもろこしの/毛をとりて(261〔童話「畑のへり」裏表紙〕)小田部耕二

99 方十里稗貫のみかも/稲熟れて(270〔絶筆〕)大角 修

100 ぎんがぎがの/すすぎのながぢあがる(童話「鹿踊りのはじまり」から)富山英俊

短歌の読書会について 宮沢賢治研究会前事務局長 山崎善男

宮沢賢治短歌についての主要参考文献

編集後記