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時間と空間の入れ子

 先週の「時間と空間の交差点」という記事では、「銀河鉄道の夜」で化石を発掘している大学士の話を取り上げました。
 ここで大学士が言っていた、「ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらゐ前にできたといふ証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるひは風か水やがらんとした空かに見えやしないかといふことなのだ」という話は、『春と修羅』の「」の次の一節を、別の角度から述べたものと言えます。

おそらくこれから二千年もたつたころは
それ相当のちがつた地質学が流用され
相当した証拠もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいつぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発堀したり
あるひは白堊紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

 どちらも、「ある人の目に見える地層が、別の人の目には見えない」という現象について述べているわけですが、「銀河鉄道の夜」では「ぼくら」に見えるものが「ぼくらとちがったやつ」には見えないのに対して、「」の方では、現在の「われわれ」には「がらんとした空」にしか見えない場所から、二千年後の人々は「すてきな化石を発堀したり」「透明な人類の巨大な足跡を発見するかもしれ」ないと言っているわけで、立場が逆転しているのが面白いところです。
 後者における賢治が、今の自分に見えているものにとらわれず、ひょっとしたらあるものが見えていないのかもしれないと、自らを相対化しているところが、「科学者的」だと思います。

 ところで、上のような文章にも、賢治の「地層好き」が表れていると思いますが、その理由の一つは、前回述べたように、われわれの世界の中で地層というものが「時間と空間の交差点」と呼べるような、特殊な意味合いを帯びていることにもよるでしょう。

 またその一方で、「地層」で起きている現象を、次のように言い表してみることもできるでしょう。

X: 「今」というこの時間の中に、(過去の)別の時間が入れ子になっている

 プリオシン海岸で発掘されていた地層には、120万年前にそこで生きていた牛の先祖や、くるみや貝殻が含まれていましたし、その層よりも深い層にはもっと古い時代の痕跡が、より浅い層からは新しい時代の痕跡が見つかることもあるでしょう。
 私たちがこの地層を観察しているのは、「今」というこの時間においてですが、そこには今とは違う別の時間が、「入れ子」になって存在しているのです。

 このような事態は、「銀河鉄道の夜」初期形三で、ブルカニロ博士が示す「地歴の本」と似ています。

けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、いゝかい、これは地理と歴史の辞典だよ。この本のこの頁はね、紀元前二千二百年の地理と歴史が書いてある。よくごらん紀元前二千二百年のことでないよ、紀元前二千二百年のころにみんなが考へてゐた地理と歴史といふものが書いてある。だからこの頁一つが一冊の地歴の本にあたるんだ。いゝかい、そしてこの中に書いてあることは紀元前二千二百年ころにはたいてい本統だ。さがすと証拠もぞくぞく出てゐる。けれどもそれが少しどうかなと斯う考へだしてごらん。そら、それは次の頁だよ。紀元前一千年 だいぶ地理も歴史も変ってるだらう。このときには斯うなのだ。

 この不思議な「地歴の本」においては、過去の様々な時代の人が考えていた「歴史」というものが、さらに大きな「メタ歴史」を構成しているわけで、ここでも歴史の中に歴史が「入れ子」になっているのです。
 「グスコーブドリの伝記」でクーボー大博士が講ずる、「歴史の歴史といふことの模型」も、同じ趣旨のものでしょう。

 ところで、ここで前回「時間と空間の交差点」という記事で行ったように、上の命題「X」において、「時間」を「空間」に入れ替えてみたらどうなるでしょうか。
 それはとりあえず、次のような命題になります。

Y: 「ここ」というこの空間の中に、別の空間が入れ子になっている

 考えてみるとこれは、仏教の「十界互具」という思想ではないでしょうか。

 中国の天台大師智顗は、十界(仏界、菩薩界、声聞界、縁覚界、天界、人界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界)の各々の世界は、その中に他の九界を蔵しているのだと説き、これが天台教学で「十界互具」と呼ばれ、日蓮は自らの法華経解釈の上でこれを非常に重視していました。
 そして賢治も、この考え方に深く傾倒していて、たとえば彼の書簡55にある、「至心ニ妙法蓮華経ニ帰命シ奉ルモノハヤガテ総テノ現象ヲ吾ガ身ノ内ニ盛リ、十界百界諸共ニ成仏シ得ル事デセウ」という言葉も、十界互具思想に基づいたものでしょう。

 このように、時間と空間を対比的にとらえるという視点は、賢治が「」で示しているものであり、彼は「時空」を言わばアナロジー的に捉えていたのだろうと思います。下記において、「風景や人物」を感ずるのは空間的認識、「記録や歴史、あるいは地史」を捉えるのは時間的認識であり、賢治は両者を同格に論じています。

けだしわれわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史、あるひは地史といふものも
それのいろいろの論料データといつしよに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません

 前回の「時間と空間の交差点」で見たように、大学士がその話の前半部(地層の化石について)と後半部(異空間について)を、交錯して接合することができたのも、上で見たように「地層」と「十界互具」が同型であるおかげとも言えるでしょう。

 ということで、賢治という人は、世界というものがこういう「入れ子」構造になっている様子に、何か深い魅力を感じていたのではないかと思われ、それが「地層」や「十界互具」への彼の偏愛の背景をなし、また「地歴の本」などという発想にも表れているのではないかと思うのです。
 「ひかりの素足」では、如来と思しき人が、「本はこゝにはいくらでもある。一冊の本の中に小さな本がたくさんはひってゐるやうなものもある。小さな小さな形の本にあらゆる本のみな入ってゐるやうな本もある」と言っています。これも、まさに「本の入れ子」にほかなりません。

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イギリス海岸上流・瀬川と北上川の合流点(2015/9/21)