鏑木蓮『イーハトーブ探偵』

              
                   大正十一年一月六日金曜日

 映画館を出たとき、また雪が降り出した。すでに積雪は一間は超えていただろう。ただ花陽館の前もそうだけれど、町の大きな通りは雪かきが済み、道端に寄せられていて歩きづらさはない。
 正月休みの夕刻、藤原嘉藤治は、小岩井から帰ったばかりの友人、宮澤賢治と並んで歩いた。ケンジは映画館に入るまでは、小岩井のきらきらする雪の中を移動したことを熱に浮かさているように、一人で喋り続けていた。ところが映画を見終わると今度は急に黙ってしまった。     (「ながれたりげにながれたり」冒頭より)

 上記は、鏑木蓮著『イーハトーブ探偵 賢治の推理手帳 I』の冒頭部です。

イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり~賢治の推理手帳I~ イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり~賢治の推理手帳I~
鏑木 蓮 (著)
光文社 (2014/5/20)

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 この本は、宮澤賢治と親友の藤原嘉藤治が、ちょうどホームズとワトソンのように、格好のコンビを組んでいろいろな難事件を解決していくという、痛快な推理短編集です。上記のように表紙絵には、この「ケンジ」と「カトジ」の二人がイギリス海岸を歩く姿が描かれ、賢治ファンとしては中を開く前からワクワクしてしまいます。
 実際に賢治は、広汎な自然科学的・博物学的知識と独特の頭脳を持っていましたから、現場の遺留品の断片からシャーロック・ホームズのように推理を働かせて事件を見通すという役柄には、まさにうってつけの感があります。
 それに、過去の名作において造型された「名探偵」というのは、シャーロック・ホームズにしてもエルキュール・ポアロにしても金田一耕助にしても、どこか一般常識を超越した「変人」のようなところがありましたが、われらが宮澤賢治の、その生前から地元では名高かった「変人」ぶりも、本シリーズの探偵キャラクターに一種のカリスマ性を帯びさせる上で、最高のスパイスとなっています。
 そして、放っておいたらどっかへ飛んでいきそうなこの「ケンジ」探偵を、しっかりとつなぎ止めつつ常識人として気配りをするのが、コンビ相方の親友「カトジ」なのです。

 さて、この一冊には、下の四篇が収められています。

ながれたりげにながれたり
マコトノ草ノ種マケリ
かれ草の雪とけたれば
馬が一疋

 一見していただいたらわかるとおり、これらはいずれも賢治の詩の題名に基づいており、それぞれの賢治作品の世界が、各篇の背景となる雰囲気を形づくっています。
 そして、各篇の舞台となっているのは、冬の大沢温泉であったり、南部藩と伊達藩の藩境にある「南部曲り家」であったり、明治の遺構「旧岩谷堂町役場」であったり、下鍋倉の水車小屋であったり、「イーハトーブ」ならではのスポットが選ばれていますし、それぞれに事件の背景をなしているのは、貧困と「口減らし」、結核による死、密造酒と税務官吏による取締り、農村の困窮と軍馬買い上げなど、当時の岩手県の切実な問題を反映しています。
 また、これらの作品を純粋に推理小説として読むと、各篇ともに、いったいどのようにして犯行が為されたのか、まったくわからないようなミステリーが構築されていて、その仕掛けをケンジが解明していくとともに、想像もつかなかったような大がかりなトリックが姿を現わすという形になっています。
 作者の、並々ならぬ意欲が表れている作品集だと思います。

 それより何より、賢治ファンとしてこの「イーハトーブ探偵」シリーズに限りない魅力を感じるのは、その作品世界の意味深い構成にあります。
 冒頭に引用させていただいた箇所の「大正十一年一月六日金曜日」にも表れているように、各作品にはその年月日が記されています。大正11年1月6日というのは、賢治の詩集『春と修羅』の冒頭および二番目の作品、「屈折率」と「くらかけの雪」がスケッチされた日であり、引用箇所にもあるとおり、この日に賢治は雪の小岩井農場へ出かけてきたのです。

 つまり、この「イーハトーブ探偵」シリーズは、『春と修羅』の世界の開始とともに幕を開け、各ミステリーはそれぞれの時期の賢治の実生活とともに、進行していくのです。
 すなわち、「ながれたりげにながれたり」は大正11年1月6日から10日、「マコトノ草ノ種マケリ」は5月3日から7日、「かれ草の雪とけたれば」は8月15日、「馬が一疋」は11月10日から19日の出来事という設定になっています。 そして、この時期の賢治の身辺において、最も切実な問題となっていたのは、何よりも妹トシの病状の深刻化でした。
 具体的にその内容を見てみましょう。

 最初の「ながれたりげにながれたり」においては、登場人物の一人である花巻高等女学校の生徒に関連して、トシが以前に同校の教師をしていたものの、「体調を壊し」て退職したと、さらりと触れられるだけでした。
 それが「マコトノ草ノ種マケリ」では、ある人物の息子が肺病で夭折したという話題になり、嘉藤治は大変に気をつかいます。

「肺病で亡くなったのか・・・」
 ケンジは遠くを見る目をした。
「あっ僕としたことが、もしゃけね」
 ケンジは肺を病むトシのことを思い浮かべたにちがいなかった。

 次の、8月の「かれ草の雪とけたれば」になると、下のような場面が出てきます。

 しばらくは、花巻から豊沢川を越え移ろい行く車窓に目を遣る。
 ケンジはまばゆい真夏の風景に目をしばたたかせ、奥歯を噛みしめていた。
「トシさんのあんべえは?」
「よくねえ。熱が下がらねえんだ。だば町中にいるよりは涼しいから」
「そうだな」
 いま通過した下根子の桜という場所に、宮澤家の別荘があった。ケンジの妹のトシが少し前から、病気療養している。

 そして、最後の「馬が一疋」では、容態はより深刻になっています。

 黒い帽子に黒いインバネス姿のケンジは、うつむき加減で風を受けながら、
「ゆんべ、トシがまた高熱を出したのす」
とぽつりと言った。
「それはことだなっす。側にいてあげてくなんせ、ケンさん」
 カトジは事件に引っ張り出したことを詫びた。
「食も細くなる一方で・・・俺は見てるのも辛い」
「それは・・・辛いな」
言葉がなかった。
「熱に浮かされながらも、兄さんは人の役に立ってけろって」
 ケンジの言葉が詰まる。

 この作品終わりの11月19日には、トシの容態が急変したために、彼女を下根子の別宅から豊沢町の実家に移すことになり、ケンジは事件の最後の現場に立ち会うことができず、カトジは一人で、花巻西郊の草井山に登り、顛末を見届けます。
 そして作品は、次のように締めくくられます。

 カトジは昨夜のケンジの言葉を思い出しながら、坂道の落ち葉を踏みしめる。やがて集落の家々から煮炊きの細い煙が見えてきた。
 ケンさんは多くの人の役に立ったのす。だから仏様はトシさんを見捨てるようなことはしねえ。きっと熱は下がる。必ずよぐなる、と心の中で祈った。

 つまりこの物語集は、トシの病気を見えない背景として、ケンジとカトジの友情を描いたものでもあるのです。

 今回の「賢治の推理手帳 I」が、実際のトシの死の8日前で終わっていることからすると、次の「賢治の推理手帳 II」は、トシの死後から始まるのかもしれません。あるいは何らかの仕方で、永訣の朝を迎えた賢治が描かれるのかもしれません。
 いずれにしても、私としては続篇を心から待ち望む、「賢治の推理手帳」です。 巻末の杉浦静さんによる「解説」も、賢治自身の人柄や作品、当時の岩手県の社会状況に関して要を得た説明をして下さって、この作品の奥行きをさらに広げてくれています。