田子浦詩碑/桑島法子「朗読夜」

 あいにくの雨ですが、今日は静岡県へ行ってきました。

 朝7時22分の「ひかり」に乗り、静岡で「こだま」に乗り換えて、まず新富士駅で降りました。雨の中を駅から20分ほど歩いて、 田子浦小学校というところへ向かいます。
  実は、一昨日にあらかじめ学校に電話をしたら、校長先生まで出ていただいて恐縮しました。ある情報をもとに、 「宮澤賢治の碑か何かがありますか」とお尋ねしたのですが、その時には「いやあ、ちょっと心当たりがありません」とのお答えで、 いったんは諦めていたところ、その後また折り返し家にお電話を下さって、「それらしいものがありました。日曜日なら、 朝10時半までなら職員がいます」とのことです。
 ということで、京都を朝早くから発ってきたのです。

  門をくぐって、職員室とおぼしき部屋の窓から声をかけると、宿直の先生がその「それらしい」 所まで案内して下さいました。それは、運動場の片隅にあって、「雨ニモマケズ」 を刻んだ金属のレリーフが付いた小さな石碑でした (右写真)。先生にお礼を言い、雨の中でちょっと苦労しつつ撮影をして、 また駅まで戻りました。 天気がよかったら道すがら富士山が美しく望めるのでしょうが、残念ながら影も形も見えません。

 お昼は、在来線の清水駅で降りて、港の近くの「河岸の市」という魚市場の中にある食事処で、「本まぐろ大トロ丼」を食べました。 日曜日とあって、あちこちから一般の人が車で買物に来ています。食堂も長い行列です。
  食事をすませると、東海道線でさらに西に移動し、静岡駅で降りました。今日のもう一つの予定、午後4時までまだかなり時間があります。
 とりあえず駅前のホテルのティーラウンジに入って窓ぎわの席で本を読みながら、天気がよくなれば出かけてみるつもりで、 ちらちら外を眺めていました。でも結局、ずっと雨はやみませんでした。おかげで、読書はしっかりできましたが。 3時半頃になってやっと雲が切れてきたのですが、こちらもそろそろホールへ移動する時間です。

  さて、今日の二つめの目的は、桑島法子さんという声優の、「朗読夜」という公演です。 これまではだいたい関東地方で行われていたのですが、今回は比較的西の方で開かれるので、初めてやって来ました。
 これまでもこの欄で書いたように、 「銀河鉄道の夜 TYPING」というキーボード練習ソフトや、「イーハトーブ朗読紀行」というDVDの人です。今夜のプログラムは、「雁の童子」 「猫の事務所」「鹿踊りのはじまり」という聴きごたえのある三作品でした。会場の雰囲気は、賢治学会などとはかなり異なって、 この声優さんを崇拝しているらしい若い男の子がほとんどです。

 すでにDVDなどでその朗読の魅力には触れていたのですが、生で聴いてみて、 やはりこの人はプロの職人だなという感じを新たにしました。この小柄な少女は、アンコールの「永訣の朝」「原体剣舞連」を含め2時間近く、 アンコール前の一瞬を除いてずっとステージに出っぱなしで、高い声、低い声、大きな声、小さな声を演じきったのです。 声楽家や管楽器奏者と同じような、肉体的修練を感じました。
 「雁の童子」では、じっくりと間をとって展開させていく静謐な世界、「猫の事務所」では、 5匹の猫を巧みに演じ分けるコミカルな演出が魅力的でしたが、なかでも「鹿踊りのはじまり」では、さすがに岩手県出身というだけあって、 嘉十や鹿たちの台詞の方言による表現が見事で、作品全体としても最も心に響きました。もっとも私は、昔からこの作品冒頭の、 「そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあひだから、夕陽は赤くなゝめに苔の野原に注ぎ…」という一節を聴いただけで、 じーんとしてしまうところがあるのですが。
 アンコール最後の「原体剣舞連」は、DVDと同じく節回しをつけた「謡い」のような朗読ですが、これは桑島さんのお父さんが、 彼女が小さい頃から清六さんのソノシートをもとにして、年に一回は朗誦していたものを聞き伝えているのだそうです。 子供時代からお父さんの感化で親しんだこの作品が、彼女が賢治を「ライフワーク」と掲げる原点なのだということでした。

 余韻にひたりつつ会場から出るともう薄暗くなっていましたが、天気はかなりよくなっているようです。「静岡に行くのなら、ぜひ ‘おでん横丁’で ‘静岡おでん(しぞーかおでん)’を!」と勧めてくれた知人の言葉に従い、 青葉横丁で黒いスープにつかったおでんをつまみ、 ビールを2本飲んでから、新幹線に乗りました。

 右写真は、「朗読夜」の会場で販売していた「手拭い」と「茶飴」のセットです。木綿の手拭いは「鹿踊りのはじまり」 にちなんだものでしょうし、茶飴は静岡の名物ですが「栃の団子」の代わり?ですね。