鈴木輝昭「イーハトーヴ組曲」ほか

 鈴木輝昭 氏は、数多くの合唱曲の作曲で知られていますが、ここで演奏させていただいたのは、『童声(女声)合唱とピアノのためのイーハトーブ組曲』から第一曲「星めぐりの歌」、第四曲「十力の金剛石」、第六曲「ポラーノの広場」、そして『無伴奏同声合唱のための 宮澤賢治の詩による《薤露青》から第三曲「薤露青」です。

 「イーハトーブ組曲」全体の構成は、「1.星めぐりの歌」「2.水仙月の四日」「3.風の又三郎」「4.十力の金剛石」「5.シグナルとシグナレス」そして終曲が「6.ポラーノの広場」となっていて、いずれも賢治の童話から抜粋したテキストが組み合わせられています。
 「《薤露青》」の方は、「1.山火」「2.風がおもてで呼んでいる」「3.薤露青」という構成です。

 それでは、鈴木輝昭氏の幻想的な音響世界を、Volaloid の声でお聴き下さい。

イーハトーブ組曲
第一曲 「星めぐりの歌」
第四曲 「十力の金剛石」
第六曲 「ポラーノの広場」

《薤露青》
第三曲「薤露青」

「星めぐりの歌」

 鈴木輝昭作曲のオペラ「双子の星」の中から、合唱による「星めぐりの歌」です。
 開始は、まるでグレゴリオ聖歌のような無伴奏の斉唱です。一方、ピアノの伴奏は自由な即興のように広がっていきます。

演奏

歌詞

あかいめだまの  さそり
ひろげた鷲の   つばさ
あおいめだまの  小いぬ、
ひかりのへびの  とぐろ。

オリオンは高く   うたひ
つゆとしもとを   おとす、
アンドロメダの   くもは
さかなのくちの   かたち

おおぐまのあしを  きたに
五つのばした    ところ。
小熊のひたひの  うへは
そらのめぐりの   めあて。

「十力の金剛石」

  「十力の金剛石」は、「石コ賢さん」の面目躍如とでもいうように、たくさんの宝石が出てくる童話です。鈴木氏の音楽は、その透明な硬質の美しさを見事に表現していると思います。
 歌詞は、童話の中で順に歌われる、蜂雀(ポッシャリ、ポッシャリ…)、うめばちそう(きらめきのゆきき…)、野ばらの木(にじはなみだち…)の唄から採られ、一曲に構成されています。

演奏

歌詞

ポッシャリ、ポッシャリ、ツイツイ、トン。
はやしのなかにふる霧は、
蟻のお手玉、三角帽子の、一寸法師のちひさなけまり。

ポッシャリ、ポッシャリ、ツイツイ、トン。
はやしのなかにふる霧は、
くぬぎのくろい実、柏の、かたい実の、つめたいおちゝ。

ポッシャリ、ポッシャリ、ツイツイ、トン。
はやしのなかにふるきりの、
つぶはだんだん大きくなり、
いまはしづくがポタリ。

ポッシャリ、ポッシャリ、ツイツイ、トン。
はやしのなかにふるきりは、
いまはこあめにかぁはるぞ、
木はぁみんな、青外套。
ポッシャン、ポッシャン、ポッシャン、シャン。

きらめきのゆきき
ひかりのめぐり
にじはゆらぎ
陽は織れど
かなし。

青ぞらはふるひ
ひかりはくだけ
風のきしり
陽は織れど
かなし。

にじはなみだち
きらめきは織る
ひかりのをかの
このさびしさ。

こほりのそこの
めくらのさかな
ひかりのをかの
このさびしさ。

たそがれぐもの
さすらひの鳥
ひかりのをかの
このさびしさ。

「ポラーノの広場」


  組曲の終曲「ポラーノの広場」は、「ポランの広場」の歌詞によるエキゾチックな祭の歌の部分と、「ポラーノの広場のうた」の歌詞による調性を持った終結部とで構成されています。終結部の、変ロ長調→ト長調のコラールはほんとうに美しく、2003年賢治祭では、「花巻ユネスコ・ペ・セルクル」が、この部分だけを抜粋して歌ってくれました。

演奏

歌詞

つめくさの花の 咲く晩に
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒を呑まずに  水を呑む
そんなやつらが でかけて来ると
ポランの広場も 朝になる
ポランの広場も 白ぱっくれる。

つめくさの花の かほる夜は
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒くせのわるい 山猫が
黄いろのシャツで出かけてくると
ポランの広場に 雨がふる
ポランの広場に 雨が落ちる。

つめくさのはなの 終る夜は
ポランの広場の 秋まつり
ポランの広場の 秋のまつり
水をのまずに酒を呑む
そんなやつらが威張ってゐると
ポランの広場の 夜が明けぬ
ポランの広場も 朝にならぬ。

つめくさの花のしぼむ夜は
ポランの広場の秋まつり
ポランの広場の秋のまつり
酒くせの悪い山猫は
黄いろのシャツで遠くへ遁げて
ポランの広場は 朝になる、
ポランの広場は 夜が明ける

つめくさ灯ともす 夜のひろば
むかしのラルゴを うたひかはし
雲をもどよもし  夜風にわすれて
とりいれまぢかに 年ようれぬ

まさしきねがひに いさかふとも
銀河のかなたに  ともにわらひ
なべてのなやみを たきゞともしつゝ
はえある世界を  ともにつくらん

「薤露青」

 「無伴奏同声合唱のための《薤露青》」は、かずかずの鈴木輝昭氏の作品を初演してきた出雲第一中学校合唱部の委嘱で、2012年~2013年に作曲されました。賢治の詩に基づいた「1.山火」「2.風がおもてで呼んでいる」「3.薤露青」という3曲で構成されており、全曲の初演は2014年に、やはり出雲一中合唱部によって行われました。この組曲について鈴木輝昭氏は、「その豊饒な心象のドラマから照射されるイマジネーションに喚起されながら、純音楽的なモティーフによる造形と立体的な音像の構築に意を注いだ」と書いておられます。
 ここではその中から、第三曲「薤露青」を演奏してみました。歌は、ソプラノが Mew、メゾソプラノとアルトが初音ミク(Soft)です。
 賢治によっていったんは抹消されていた詩「薤露青」は、2年前の妹トシの死と深く関連しており、「銀河鉄道の夜」と様々なモチーフを共有していることでも有名です。そのクライマックスで提示される「あゝ いとしくおもふものが/そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが/なんといふいゝことだらう」という思想は、賢治の死生観を考える上で、非常に重要なものと考えられます。

演奏

歌詞

   薤露青

みをつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が析出される
 ……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
   プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
   ときどきかすかな燐光をなげる……
橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
この旱天のどこからかくるいなびかりらしい
水よわたくしの胸いっぱいの
やり場所のないかなしさを
はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
そこには赤いいさり火がゆらぎ
蝎がうす雲の上を這ふ
  ……たえず企画したえずかなしみ
    たえず窮乏をつゞけながら
    どこまでもながれて行くもの……
この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
うすい血紅瑪瑙をのぞみ
しづかな鱗の呼吸をきく
  ……なつかしい夢のみをつくし……

声のいゝ製糸場の工女たちが
わたくしをあざけるやうに歌って行けば
そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が
たしかに二つも入ってゐる
  ……あの力いっぱいに
    細い弱いのどからうたふ女の声だ……
杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
そこから月が出やうとしてゐるので
鳥はしきりにさはいでゐる
  ……みをつくしらは夢の兵隊……
南からまた電光がひらめけば
さかなはアセチレンの匂をはく
水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
灰いろはがねのそらの環
  ……あゝ いとしくおもふものが
    そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
    なんといふいゝことだらう……
かなしさは空明から降り
黒い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模様が
そらに白く数条わたる