「発動機船 一」詩碑
1.テキスト
発動機船 一
うつくしい素足に
長い裳裾をひるがへし
この一月のまっ最中
つめたい瑯玕の浪を踏み
冴え冴えとしてわらひながら
こもごも白い割木をしょって
発動機船の甲板につむ
頬のあかるいむすめたち
……あの恐ろしいひでりのために
みのらなかった高原は
いま一抹のけむりのやうに
この人たちのうしろにかゝる……
赤や黄いろのかつぎして
雑木の崖のふもとから
わづかな砂のなぎさをふんで
石灰岩の岩礁へ
ひとりがそれをはこんでくれば
ひとりは船にわたされた
二枚の板をあやふくふんで
この甲板に負ってくる
モートルの爆音をたてたまゝ
船はわづかにとめられて
潮にゆらゆらうごいてゐると
すこしすがめの船長は
甲板の椅子に座って
両手をちゃんと膝に置き
どこを見るともわからず
口を尖らしてゐるところは
むしろ床屋の親方などの心持
そばでは飯がぶうぶう噴いて
角刈にしたひとりのこどもの船員が
立ったまゝすりばちをもって
何かに酢味噌をまぶしてゐる
日はもう崖のいちばん上で
大きな榧の梢に沈み
波があやしい紺碧になって
岩礁ではあがるしぶきや
またきららかにむすめのわらひ
沖では冬の積雲が
だんだん白くぼやけだす
2.出典
「発動機船 一(下書稿手入れ)」(「口語詩稿」)
3.建立/除幕日
2015年(平成27年)9月23日 建立/除幕
4.所在地
岩手県下閉伊郡普代村黒崎地割 黒崎展望台
5.碑について
2015年9月、同じ普代村にある「敗れし少年の歌へる」詩碑の10周年のお祝いに引き続き、この黒崎展望台では新たな詩碑の除幕式が行われました。
刻まれた作品は、賢治が1925年1月の三陸旅行の際に書いた、「発動機船 一」です。
実は、この「発動機船 一」の詩碑は、すでにお隣の田野畑村に建てられているのですが、「この作品の舞台はどこだったのか?」という議論を、石碑という形でも繰り広げるかのように、田野畑村以外のもう一つの候補地であるこの普代村にも、詩碑ができたわけです。と言っても、二つの村は別に「対決」をしているわけではなくて、この詩碑の除幕式には田野畑村の村長さんも来られて祝辞を述べられるなど、賢治との縁をきっかけにしてお互い協力して村おこしをやっていこう、という友好的な雰囲気なのですが。
この作品の舞台が田野畑村であるとする説の根拠は、これに続く「発動機船 三」という作品に、「羅賀で乗ったその外套を遁がすなよ」という一節があることに着目し、この「羅賀で乗った外套の男」とは賢治自身のことであるとして、彼は田野畑村羅賀で発動機船に乗船したと推定し、その前の「発動機船 一」という作品が、賢治の乗船時の描写であると解釈することによります。
しかし、「発動機船 三」の「羅賀で乗ったその外套」が賢治のことであると断定するほどの根拠もなく、また「発動機船 一」には賢治自身がこの時に乗船したという描写もありません。つまり、作品の舞台が田野畑村羅賀であるという説は、否定もできないけれども肯定的な証拠も十分ではないのです。
これに対して、普代村黒崎説は、作品中の風景などの描写が、この地独自のものであると主張します。
これは、木村東吉氏が著書『宮澤賢治《春と修羅 第二集》研究』において提唱された論点をもとにしたものですが、まず「発動機船 一」の16行目に出てくる「石灰岩の岩礁」とは、普代村黒崎の通称「ネダリ浜」にある白っぽい岩礁のことであると考えます。下写真は、黒崎展望台から北の方を眺めたところですが、すぐ下に見える白っぽい岩がそれです。
木村氏によれば、上の白い岩は石灰岩ではないものの、北三陸の海岸で、石灰岩を思わせるような白い岩はここにしかないので、この作品の舞台は、この「ネダリ浜」であった可能性が高いというのです。下の写真は、その浜まで降りて岩礁を見たところです。
また、「石灰岩の岩礁」という部分の直前には、「雑木の崖のふもとから/わづかな砂のなぎさをふんで」とありますが、この「ネダリ浜」で海から陸の方を見ると、下の写真のような景色になっています。
ご覧のように、後ろは木も見える「崖」になっており、その前に「わづかな砂のなぎさ」があるのです。
さらに、最後の方には、「日はもう崖のいちばん上で/大きな榧の梢に沈み」という描写がありますが、地元の方によれば、この崖の上には確かに「榧の木」があるのだそうです。
ということで、地元の方々から見ると、この「発動機船 一」という作品は、まさに「ネダリ浜」の風景にぴったりと当てはまっているのです。さらに、昔は実際にこの浜から船に荷物を積み出す作業も行われていたということですから、この作品はまさにそのような情景を描いたものと解釈することもできます。
しかしいずれにせよ、上の写真を見ていただいたらわかるとおり、黒崎展望台からの三陸海岸の眺めは、「絶景」の一語に尽きます。
この景色とともに、ぜひ賢治の詩碑もご覧いただければと思います。