「農民芸術概論綱要」碑

1.テキスト

まづもろともに
かゞやく宇宙の
微塵となりて無
方の空にちらばら

       徹書

2.出典

「農民芸術概論綱要」

3.建立/除幕日

1972年(昭和47年)11月16日 除幕

4.所在地

岩手県陸前高田市高田町字長砂 県立高田高等学校

(注: 2011年3月の東日本大震災による津波によって高田高校の校舎は壊滅的な被害を受け、この碑の銅板も流失してしまいましたが、新たに移転復興した高田高校に、またこの碑が再設置される予定になっています。)

5.碑について

 吉本隆明 氏のことを「吉本ばななのお父さん」として説明する時代ですから、この碑の揮毫をした 谷川徹三 氏のことを「谷川俊太郎のお父さん」と紹介するのも、いまや妥当なことかもしれません。

 戦前から戦後にかけて、哲学者として、どちらかといえば啓蒙的な分野で多くの著作を残し、ある時期の「岩波文化人」の代表のような存在だった人ですが、宮澤賢治を世に広く紹介し、その後の「賢治ブーム」の土台をつくった最大の功績者と言ってもよいのではないかと思います。
 私も、賢治の詩にはじめて親しんだのは、谷川徹三編の岩波文庫版「宮澤賢治詩集」でした。
 宮澤賢治の詩や童話を「賢者の文学」と呼び、「雨ニモマケズ」のことを「明治以来の日本人の作った凡ゆる詩の中で、最高の詩」と讃えるその解釈は、感動的ではありましたが、賢治をやや「聖人君子化」するきらいはあったのかもしれません。

 この碑にとられている「まづもろともに・・・」の言葉は、やはり谷川氏自身が以前に揮毫した東山町の石碑と同じものです。東山町の碑の除幕式の講演で、この言葉を「賢治の言葉の中で最も美しい言葉の一つとして愛していた」と、谷川氏みずからも語っていました。
 東山町の碑は、圧倒的な大きさで文字も怖いほどの迫力にあふれているのに対して、こちらの文字は、枯淡の境地とでもいうような穏やかな趣を見せています。

 この碑は、陸前高田市の高田高校の校庭にある大きな岩に、銅版がはめこまれた形になっています。
 東北砕石工場の 鈴木 東蔵 氏の長男 實 氏が、この高田高校の校長先生だったという縁でできた碑だということです。