「母」詩碑
1.テキスト
母
雪袴黒くうがちし うなゐの子瓜食みくれば
風澄めるよもの山はに うづまくや秋の白雲
その身こそ瓜も欲りせん
手すさびに紅き萱穂を つみつどへ野をよぎるなり
宮沢賢治
2.出典
「母(定稿)」(『文語詩稿 一百篇』)
3.建立/除幕日
1975年(昭和50年)9月18日 建立
4.所在地
花巻市桜町4丁目14 桜地人館
5.碑について
「S博士に」という作品に登場する佐藤隆房医師は、花巻共立病院の元院長で、賢治の診察もしましたし、没後は「詩碑建設委員長」をかってでたり、賢治の伝記を執筆したり、とにかく賢治のために尽くされた方でした。
その佐藤隆房氏が、賢治や高村光太郎や萬鉄五郎らに関して自ら収集した資料を陳列するために建てたのが、現在の「桜地人館」で、その玄関の前に、この詩碑が建っています。
穴のあいた雪袴をはき、髪をうしろで束ねた幼な子が、瓜をかじりながら無心に歩いてきます。連れだつ母親は、きっと本当は自分も瓜を食べたいのでしょう、そのような素直な感情がそぶりに出てしまうほど、まだ子供のようなところが残る若い母親です。しかし母は、子供のために我が身はじっとがまんして、つとめて何気なく萱穂を摘みながら、二人で肩を並べて、野を横切っていきます。
親子が描かれていますが、題名のとおりこの若い「母」が主人公です。その母親に向けられている、作者のやさしいまなざしが、何よりも印象的です。
いっぽう、詩の背景には、農村の「飢え」の問題があります。
やさしい淡々とした描写の奥に、厳しい現実とかなしみがながれています。
このような全体像が、ぎりぎりまで凝縮されて均整のとれた形式に結晶しているさまは、ほんとうに驚くべきものです。この彫琢こそが、賢治晩年の文語詩の、面目躍如たるものと思います。
私はこの詩から、たとえばミレーの絵の一幅のような印象を受けます。
桜地人館