70年前の賢治の年賀状

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 右の写真は、1933年のお正月に、賢治から河本義行(緑石)にあてた年賀状(書簡439)です。先日、三朝温泉に行った時に、 「カンパネルラの館」に展示されていたコピーを写してきました。
 賢治が緑石にあてた書簡で存在が確認されているのは、これを含めて二通だけなのですが、もう一通(書簡84)は、 盛岡高等農林学校研究生時代の1918年のものでした。これはくしくも賢治が緑石に、「私のいのちもあと15年」 と語ったとされている年です。
 それ以来ずっと手紙のやりとりもしていなかった二人なのですが、ちょうど15年目にあたる1933年、 自分の昔の言葉を憶えていたかのように、あるいは何か虫の知らせでもあったかのように、ふと賢治は二通目にあたるこの年賀状を出します。
 緑石が亡くなるのはこの年の7月、賢治は9月、今から70年前のことでした。