月夜のでんしんばしらの軍歌

1.歌曲について

 「花鳥風月」は日本の伝統的な詩文の題材ですが、宮澤賢治は、「でんしんばしら」をさまざまな角度からうたった、日本で最初の詩人かもしれません。
 東京市内では、電灯は1912年の時点でほぼ完全に普及したとのことですが、これ以後も日本全国への電気の拡大はつづき、1927年に全国の電灯普及率は、87%にまで達したと記録されています。
 賢治が山や野原を歩きまわっていた時期は、まさに電信柱も、日本全国の野山のすみずみに至る「進駐」をつづけていた時期だったのだと思います。

 宮澤賢治はこの新しい風物を、自然の草木に対するのと同じように、なつかしさや不思議の感覚をこめて書きとめました。
 「グランド電柱」、「電しんばしらのオルゴール」、「乾いたでんしんばしらの列」、そして「銀河鉄道の夜」の終りちかくに出てくる、あの「二本の赤い腕木をつらねた電信ばしら」…。

 1921年の日付がある童話、「月夜のでんしんばしら」のなかの、電柱のはるかな行進のイメージにも、いちど読んだら忘れられないものがあります。

 なお、岩手県一戸町の「観光天文台」の前には、この歌を刻んだ石碑が立てられています。

2.演奏

 下のファイルは、電信柱の軍隊調の行進という情景を前面に出してつくりました。最後のところの効果音も、童話の設定によっています。歌は、‘VOCALOID’の Meiko と Kaito です。

3.歌詞

「月夜のでんしんばしら」(賢治自筆画)ドツテテドツテテ、ドツテテド、
でんしんばしらのぐんたいは
はやさせかいにたぐひなし
ドツテテドツテテ、ドツテテド
でんしんばしらのぐんたいは
きりつせかいにならびなし。

ドツテテドツテテ、ドツテテド
二本うで木の工兵隊
六本うで木の竜騎兵
ドツテテドツテテ、ドツテテド
いちれつ一万五千人
はりがねかたくむすびたり

ドツテテドツテテ、ドツテテド
やりをかざれるとたん帽
すねははしらのごとくなり。
ドツテテドツテテ、ドツテテド
肩にかけたるエボレツト
重きつとめをしめすなり。

ドツテテドツテテ、ドツテテド、
寒さはだえをつんざくも
などて腕木をおろすべき
ドツテテドツテテ、ドツテテド
暑さ硫黄をとかすとも
いかでおとさんエボレツト。

ドツテテドツテテ、ドツテテド、
右とひだりのサアベルは
たぐひもあらぬ細身なり。

ドツテテドツテテ、ドツテテド、
タールを塗れるなが靴の
歩はばは三百六十尺。

ドツテテドツテテ、ドツテテド
でんしんばしらのぐんたいの
その名せかいにとゞろけり。

4.楽譜

(楽譜は『新校本宮澤賢治全集』第6巻本文篇p.332より)