「生徒諸君に寄せる」詩碑

1.テキスト

   潮や風       宮沢賢治

 あらゆる自然の力を用ひ尽して
   諸君は新たな自然を
     形成するのに務めねばならぬ
諸君はいま この颯爽たる諸君の
未来圏から吹いて来る
  透明な風を感じないのか
         生徒諸君に寄せる より

     平成五年度
     第47回卒業生一同

2.出典

〔生徒諸君に寄せる〕」(「詩ノート」付録)の『朝日評論』版より

3.建立/除幕日

1993年(平成5年)3月 建立

4.所在地

盛岡市津志田14地割34 盛岡市立見前中学校中庭

5.碑について

 盛岡市の中心部から6kmほど南に行ったところに、盛岡市立見前中学校があります。とある方から、この学校に賢治の詩碑があると教えていただきましたので、見学に行ってきました。
 JR東北本線を、 盛岡から二つ南の「岩手飯岡」駅で降りて、まっすぐ東に向いて歩くと、2kmほど行ったところに見前中学校はあります。

 碑に刻まれているのは、 賢治が母校・盛岡中学校の校友会雑誌からの寄稿の求めに応じて書きかけたが未完に終わった断片をもとに、戦後昭和21年に雑誌『朝日評論』に掲載されたテキストの一部です。
 その全体は、次のようなものでした。

   生徒諸君に寄せる

中等学校生徒諸君
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である

諸君はこの時代に強ひられ率いられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか

今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や特性は
ただ誤解から生じたとさへ見へ
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ

むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ

諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山嶽でなければならぬ

宙宇は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるか

新たな詩人よ
雲から光から嵐から
透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ

新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て

衝動のやうにさへ行われる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ

新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ

新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンジャーに載って
銀河系空間の外にも至り
透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ
おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少なくとも千人の天才がなければならぬ
素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである

潮や風……
あらゆる自然の力を用ひ尽くして
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ

ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じないのか

 この『朝日評論』版は、断片的な状態だった賢治の草稿に、字句を追加・削除したり、順序を変更したりして、一つの完結性を持たせたもので、賢治のテキストを勝手に「改変」したものだったわけですが、その後『朝日評論』以外にもいくつかの刊行物に掲載されて、一時はかなり普及することとなりました。
 とても格調高くて、美しく力強い言葉にあふれていますから、これが賢治の詩として広まったのも、無理もないかと思います。私も高校生の頃に、これを元にした岩波文庫版の「生徒諸君に寄せる」を読んで、心を躍らせた一人でした。

 この見前中学校の詩碑は、「平成5年」の卒業記念に作られたもののようですが、『朝日評論』版の最後の部分が刻まれています。これは、『新校本宮澤賢治全集』に掲載されている「〔生徒諸君に寄せる〕」 では、「断章五」と「断章七」の一部に相当しています。

 ところで、この碑のある「見前中学」は「みるまえちゅうがく」と読みますが、「見る前」と聴くと、何となく「見るまえに跳べ」というW.H.オーデンの詩を思い出します。

   Leap Before You Look
The sense of danger must not disappear:
The way is certainly both short and steep,
However gradual it looks from here;
Look if you like, but you will have to leap.

   見るまえに跳べ
危険の感覚をなくしてはいけない
道は確かに切り立って険しい
たとえここからはなだらかに見えようとも
見たければ見たらいい、でも君は跳ばなければならない

 このオーデンの詩も、「〔生徒諸君に寄せる〕」とどこか共通して、若者に対して勇気を持って進むように呼びかけるものでした。


見前中学校中庭(正面に詩碑)