(第一葉)   

 

   祀られざるも神には神の身土があると

   さう云ったのはいったい誰だ

   並木の松はかたちもわかず

   つめたい雨は

   宙でぴしぴし鳴ってゐる

   しかもときどきわだちの跡で

   水がかすかにひかるのは

   東に畳む夜中の雲の

   わづかな青い燐光による

   まことの道は

   誰が云ったの誰が行ったのと

   さういふ風のものでない

   それはたゞそのみちみづからに属すると

   答へたものはいったい何だ

   まっくろな並木のはてで

   見えるともない遠くの町が

   ぼんやり赤い火照りをあげる

 

   (第二葉)

 

   びしゃびしゃの寒い雨にぬれ

   かすかな雲の蛍光をたよりながら

   こんやわたくしが恋してあるいてゐるものは

   いつともしらぬすもものころの

   なにか明るい風象である

   まことにわたくしはこのまよなかの

   杉やいちゐに囲まれて

   ほのかに睡るいちいちの棟を

   つぎからつぎと数へながら

   どこからともわからない稲のかほりに漂ひ

   つかれたこほろぎの声や水の呟き

   またじぶんとひとともわかず

   水たまりや泥をわたる跫音を

   遠くのそらに聞きながし

   から松が風を冴え冴えとし

   銀どろが雲を乱してひるがえるなかに

   赤い鬼げしの花を燃し

   黒いすももの実をもぎる

   頬うつくしいひとびとの

   なにか無心に語ってゐる

   明るいことばのきれぎれを

   狂気のやうに恋ひながら

   このまっ黒な松の並木を

   はてなくひとりたどって来た

   あゝわたくしの恋するものは

   わたくしみづからつくりださねばならぬかと

   わたくしが東のそらに

   声高く叫んで問へば

   そこらの黒い林から

   嘲るやうなうつろな声が

   ひときれの木だまをかへし

   じぶんの恋をなげうつものは

   やがては恋を恋すると

   さびしくひとり呟いて

   来た方をふりかへれば

   並木の松の残像が

   ほのじろく空にひかった

 

   (第三葉)

 

        ……蜜蜂のふるひのなかに

          (一字アキ)液の青い霧を降らせ

          小さな虹をひらめかす

          いつともしらぬすもものころの

          まなこあかるいひとびとよ……

   並木の松の向ふの方で

   いきなり白くひるがへるのは

   どれか東の山地の尾根だ

            (祀られざるも

             神には神の身土がある)

          ぎざぎざの灰いろの線

            (まこと正しい道ならば

             誰が考へ誰が踏んだといふのでない

             そこには道があるだけなのだ)

   こゝはたしか五郎沼の岸で

   西はあやしく明るくなり

   くっきりうかぶ松の脚には   一つの星も通って行く

        ……今日のひるまごりごり鉄筆で引いた

          北上川の水部の線が いままっ青にひかってうかぶ……

   こゝはたしか五郎沼の岸だ わたくしはこの黒いどてをのぼり

   むかし竜巻がその銀の尾をうねらしたといふその沼の夜の水を見やうと思ふ

        ……水部の線の花紺青は火花になってぼろぼろに散る……

 

 


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