三六八

     種山と種山ヶ原

                  一九二五、七、一九、

 

        パート二

   そしてこここそ高原の残丘(モナドノックス)

   種山の尖端である

   雨や炭酸風の試薬に溶け残り

   苔から白く装はれた

   巨きな二つの露岩である

   わたくしはこの巨大な地殻の冷え堅まった動脉に

   槌を加へて検べやう

   おゝ角閃石斜長石 暗い石基と斑晶と

   まさしく閃緑玢岩である

   わたくしはこの高地の

   頑強に浸食に抵抗したその形跡から

   古い地質図の古生界に疑をもってゐた

   そしてこの前江刺の方から登ったときは

   雲が深くて草穂は高く

   牧路は風の通った痕と

   あるかないかにもつれてゐて

   あの傾斜儀の青い磁針は

   幾度もぐらぐら方位を変へた

   今日こそはこのよく拭はれた朝ぞらの下

   その玢岩の大きな突起の上に立ち

   ……赤いすいばとひとの影

   なだらかな準平原や河谷に澱む暗い霧

   北はけはしいあの死火山の浅葱まで

   天に接する陸の波

   イーハトヴ県を展望する

   いま姥石の放牧地が

   緑青いろの雲の影から生れ出る

   そこに幾百の褐や白

 

        パート三

   このうつくしい山上の野原は

   それはいくたびこの原生の壌土を刺して

   日光のなかに濃艶な紫いろに燃えてゐる

   かきつばたの花がいちめんだ

   ひそまる土耳古の天の下の

   つめたい亜鉛の陰影と

   くちなしいろの羊歯の氈

   おそらく瓣の燃えつきるまで

   花の品位は保たれやう

      ……かくこうがいきなり上を叫んで通る……

   これらの青い蠟や絹からつくられた

   靭ふ花軸を

   向ふはこのせい低いはんの木立

   寂かな黄金のその蕋が

   そのうつくしい双の花蓋を

   きららかな南の風にそよがせやう

      ……かくこうよ何を恐れてさうけたたましく啼き過ぎるのか……

     はんのきは黒い実をつけ

     その実は青いランプをつるし

     草には淡い百合を咲かせる

      ……蜂は梢を出没し……

     向ふではせんの木の葉が

     踊りのやうにゆれてゐて

     せはしく苔や草をわたる

     朝の熊蜂の群もある

 

        パート四

   たくさんの藍燈を吊る

   巨きな椈の緑廊(パーゴラ)

   紅やもえ黄に燃えあがったり

   暗い石油をながしたり

   水はつめたく渉ってくる

   わたくしはこの緑色の幾層楼を

   月長石の天に掲げる古いいたやの樹の下で

   折帯皺の白をふみ

   つめたいレンズを口にふくまう

     ……青い花まぶたにゆれる……

     水には魚のひれの模様もできてゐて

     底の砂利でにもうごいてゐるし

     砂も大きくうつってゐる

     ところがそこに石灰岩の、

     礫がひとつもないやうだ

     江刺の方の下り口になら

     立派な露土が見えてゐた

     あるこに一つ小さな水車をこしらえて

     上の野原へ入れるだけ

     石灰抹をつくるといんだ

      ……イリスの花が

        いつかまっ赤に燃えあがる

   いったいここは

   馬の水のみ場なのだ

   そこらの草もふみにじられて

   蹄のあとがずっと下流までついてゐる

   上の野原であそんでゐて

   一疋かけだすと

   みんなつゞいてかけて来て

   こゝではちゃうど

   右横隊になるわけだ

     ……アイリスの火は

       みんな熟した苹果にかはる……

   いまそらはもうひじやうな風で

   雲もひかってかけちがひ

   ひぐらしもなけば

   冠毛もとぶ

 

 


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