測量班の人たちから

   ふたゝびひとりわたくしははなれて

   このうつくしい山上の平を帰りながら

   いちめん濃艶な紫いろに

   日に匂ふかきつばたの花を

   何十となく訪ねて来た

   尖ったトランシットだの

   だんだらのポールなどもって

   白堊紀からの日がかゞよひ

   古代のまゝのなだらをたもつ

   この高原にやってきて

   路線や圃地を截りとったり

   あちこち古びて苔むした

   岩を析いたりしたあげく

   二枚の地図をこしらえあげる

   これはきらゝかな青ぞらの下で

   一つの巨きな原罪とこそ云ふべきである

   あしたはふるふモートルと

   にぶくかゞやく開墾の犁が

   このふくよかな原生の壌土を

   無数の条に反転すれば

   これらのまこと丈高く

   靱ふ花軸の幾百や

   青い蠟とも絹とも見える

   この一一の花蓋の変異

   さては寂しい黄の蕋は

   みなその中にうづもれて

   まもなく黒い腐植に変る

   じつにわたくしはこの冽らかな南の風や

   あらゆるやるせない撫や触や

   はてない愛惜を花群に投げ

   二列の低い硅板岩に囲まれて

   たゞ恍として青ぞらにのぞむ

   このうつくしい草はらは

   高く粗剛なもろこしや

   水いろをしたオートを載せ

   向ふのはんの林のかげや

   くちなしいろの羊歯の氈には

   粗く質素な移住の小屋が建つだらう

   とは云へそのときこれらの花は

   無心にうたふ唇や

   円かに赤い頬ともなれば

   頭を明るい巾につゝみ

   黒いすもゝの実をちぎる

   やさしい腕にもかはるであらう

   むしろわたくしはそのまだ来ぬ人の名を

   このきらゝかな南の風に

   いくたびイリスと呼びながら

   むらがる青い花紅のなかに

   ふたゝび地図を調へて

   測量班の赤い旗が

   原の向ふにあらはれるのを

   ひとりたのしく待ってゐやう

 

 


   ←前の草稿形態へ

次の草稿形態へ→