一二六

     海鳴り

                  一九二四、五、二二、

   

   あんなに強くすさまじく

   この月の夜を鳴ってゐるのは

   たしかに黒い巨きな水が

   ぢきそこらまで来てゐるのだ

     ……うしろではパルプ工場の火照りが

       けむりや雲を焦がしてゐる……

   砂丘の遠く見えるのは

   そんな起伏のなだらかさと

   ほとんど掬って呑めさうな

   黄銅いろの月あかりのためで

   じつはもう

   その青じろい夜の地靄を過ぎるなら

   にわかな渦の音といっしょに

   巨きな海がたちまち前にひらくのだ

     ……弱い輻射のにぶの中で

       鳥の羽根を焼くにほひがする……

   砂丘の裾でぼんやり白くうごくもの

   黒い丈夫な木柵もある

     ……あんなに強く雄々しく海は鳴ってゐる……

   それは一ぴきのエーシャ牛で

   草とけむりに角を擦ってあそんでゐる

     ……月の歪形 月の歪形……

   草穂と蔓と、みちはほのかに傾斜をのぼり

   はやくもここの鈍い砂丘をふるはせて

   海がごうごう湧いてゐる

   じつに向ふにいま遠のいてかかるのは

   まさしくさっきの黄いろな下弦の月だけれども

   そこから展く白い平らな斑縞は

   湧き立ち湧き立ち炎のやうにくだけてゐる

   その恐ろしい迷ひのいろの海なのだ

   はるかにうねるその水銀を沸騰し

   しばらく異形なその天体の黄金を消せ

   漾ふ銅のアマルガムをも燃しつくし

   青いイオンに雲を染め

   はるかな過去の渚まで

   真空(バキアム)の鼓をとどろかせ

   そのまっくろなしぶきをあげて

   わたくしの胸をおどろかし

   わたくしの上着をずたずたに裂き

   すべてのはかないのぞみを洗ひ

   それら巨大な波の壁や

   沸きたつ瀝青と鉛のなかに

   やりどころないさびしさをとれ

   いまあたらしく咆哮し

   そのうつくしい潮騒えと

   雲のいぶし銀や巨きなのろし

   阿僧祗の修陀羅をつつみ

   億千の灯を波にかかげて

   海は魚族の青い夢をまもる

   伝教大師叡山の砂つちを掘れるとき

     ……砂丘のなつかしさとやはらかさ

       まるでそれはひとりの処女のようだ……

   はるかなはるかな汀線のはてに

   二点のたうごまの花のやうな赤い灯もともり

   二きれひかる介のかけら

   雲はみだれ

   月は黄金の虹彩をはなつ

 

    (以下接続先不明の抹消部分)

       すべてこれらは法滅の相でないのか

       西域から発掘される新な経巻や

       すべては不信の所感でないのか

       〔数文字不明〕海よひとつの声で〔以下不明〕

 

 


   ←前の草稿形態へ

次の草稿形態へ→

<修学旅行詩群>へ→