逞しい頬骨と深く切れたこの眼

    だまってじっと眼を見合せて立ってゐれば

    だんだん向ふが人の分子を喪くしてくる

    鹿か何かのトーテムのやうな気もすれば

    山伏上りの天狗みたいな感じもする

    眼の角度を変へてみやう

    やっぱり向ふはむかしのこゝらの野武士の子孫

    台湾へ砲兵にも行って来た

    大きな自作の百姓だ

    その眼がしづかに云ってゐる

    なあにおまへが百姓なんて

    とてもやり切るもんでない

    だまって町で月給とってゐればいゝんだと

      ……味噌汁を食へ味噌汁を食へ

        台湾では黄いろな川をわたったり

        気候が蒸れたりしたときは

        どんな手数をこらえても

        兵站部では味噌汁を食はせたと

        むすこに云はせたこの男……

    向ふはいつか眼をそらし

    平の清盛のやうにりんと立って

    南をながれる不定な雲をながめてゐる

    二割や三割の増収などで

    借りられるだけ借りつくし

    負担は多い自作農が

    どこにもどうにもなるもんでないと

    わかり切ってさびしがられると

    わたくしもたゞみなもっともとさびしいばかり

    ちゃうど遠征につかれた二人の兵卒のやうに

    われわれはだまって雲とりんごの花をながめる

 

 


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