会見

   

   (この逞ましい頬骨は

    やっぱり昔の野武士の子孫

    大きな自作の百姓だ)

   (息子がいつでも云ってゐる

    技師といふのはこの男か

    も少しからだも強靱くって

    何でもやるかと思ってゐたが

    これではとても百姓なんて

    ひどい仕事ができさうもない

    だまって町で月給とってゐればいゝんだが)

   (お互じっと眼を見合せて立ってゐれば

    だんだん向ふが人の分子を喪くしてくる

    鹿か何かのトーテムのやうな感じもすれば

    山伏上りの天狗のやうなところもある)

   (みんなで米だの味噌だのもって

    寒沢川につれて行き

    夜は河原へ火をたいてとまり

    みづをたくさん土産にしょはせ帰さうと

    とてもそいつもできさうない)

   (向ふの眼がわらってゐる

    昔 砲兵にとられたころの

    渋いわらひの一きれだ)

   (味噌汁を食へ味噌汁を食へ

    台湾では黄いろな川をわたったり

    気候が蒸れたりしたときは

    どんな手数をこらへても

    兵站部では味噌のお汁を食はせたもんだ)

   (たうとう眼をそらしたな

    平の清盛のやうにりんと立って

    じっと南の地平の方をながめてゐる)

   (ぜんたいいまの村なんて

    借りられるだけ借りつくし

    負担は年々増すばかり

    二割やそこらの増収などで

    誰もどうにもなるもんでない

    無理をしたって却ってみんなだめなもんだ)

   (眼がさびしく愁へてゐる

    なにもかもわかりきって、

    そんなにさびしがられると

    こっちもたゞもう青ぐらいばかり

    じつにわれわれは

    遠征につかれ切った二人の兵士のやうに

    だまって雲とりんごの花をながめるのだ)

 

 


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