吟味

   

    手織りの麻の胸をあけ

    まだ泥足でつったったまゝ

    主人が縁につったって

    だまっておれを見おろしてゐる

    おれは仕方なく

    庭やそこらを見まはしてゐる

    りんごの花はもう過ぎて

    そらでは雲がうごいてゐる

    うしろではまだ

    じろじろおれを見てゐることは

    おれの首すじが白い光を感じてゐるので明かだ

    あの頬骨と深く切れた眼だ

    さすがはむかしの野武士の子孫

    台湾へ砲兵にも行ってきたゞけあって

    丈六尺(数文字不明)男が

     (むすこの重隆がいつでも云ってゐる

      農学校の先生といふのはこのアンコか

      なあにこいつが百姓なんて

      とてもやり切るもんではないと)

    さう考へて眺めてゐる

     (さういふ面白い人ならば

      鍋だの味噌だのみんなでしょって

      寒沢川の奥の方へ

      みづをとりに連れて行って

      川原へ火を焚いて明かさうと云ったが

      このアンコでは仕方ないと)

    さういふことを考へてゐる

    おれはいきなりふりかへる

    ところがどうだ大将も

    やっぱり所在なささうに

    向ふの雲をながめてゐる

    いま俄かに眼をそらしたのでない証拠は

    その 平の清盛のやうな大きな眼が

    いまあわたゞしく

    いそいでおれに戻ってゐるので明らかだ

    それではこれでおれは物を云ふ

 

 


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