霰を避けて

   葉桜の下

   暗い石碑の前に遁げこむ

   黒溝台の戦死者を

   三人祀った石碑である

   東京も見たことがないのに

   いきなり満州へ連れて行かれて

   荒漠とした雪なか

   黄いろな土塀のある村で

   頭巾のついたカーキーいろの外套と

   ぼろぼろの着換えや袋をしょって

   どんな気持ちで死んだらう

   雀がくれの苗代に

   霰は白く降り込んでゐる

   さっき峠の上あたりでは

   山鳩もすうすう啼けば

   ほたるかづらの花も咲き

   野馬も光って遊んでゐたが

   いまはすっかり曇ってしまひ

   あたりの山もおぼろで見えず

   みんなも鍬をかついだり

   のみ水の桶をもったりして

   はだしで家にかけこむとこは

   やまと絵巻の手法である

   現にいまこの消防小屋の横からあらはれて

   ちらっと横目でこっちを見

   きものの袖で頭をかくし

   橋へかゝってゐる人などは

   立派にその派の標本である

   何分ひるも近いので

   みんな序でに遁げ込むわけだ

   午后にはみんなこの人たちが

   学校に来てわたくしを見る

   なあんだこいづは

   さっき黄いろなぼろ服を着て

   石碑の前に居たやつだなと

   この人たちがさゝやき合ふ

   霰は一さうはげしくなって

   そこらの家も土蔵もかすむ

   むかしは富有な村だったのに

   いまはすっかりいけなくて

   しじゅう公事をしたり

   骨董をいぢったりするといふ

   この山峡の小さな村で

   犬がはげしく吠えてゐる

 

 


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