消防小屋のこの軒下に

   霰を避けてたゞずめば

   白いペンキの格子のなかは

   型のごとくにポムプがひとつ

   ホースを巻いた車が一つ

   黒びかりする大きなばれん

   尖った軒の頂部では

   赤く塗られた円電燈の

   塗料がなかば剥げてゐる

   さっき峠の上あたりでは

   山鳩もすうすう啼けば

   ほたるかづらの花も咲き

   野馬も光って遊んでゐたが

   いまはすっかり曇ってしまひ

   あたりの山もおぼろで見えず

   雀がくれの苗代に

   霰は白く降り込んでゐる

   みんなも鍬をかついだり

   のみ水の桶をもったりして

   はだしで家にかけこむとこは

   やまと絵巻の手法である

   現にいまこの消防小屋の横からあらはれて

   ちらっと横目でこっちを見

   きものの袖で頭をかくし

   橋へかゝってゐる人などは

   立派にその派の標本である

   何分ひるも近いので

   みんな序でに遁げ込むわけだ

   午后にはみんなこの人たちが

   学校に来てわたくしを見る

   なあんだこいづは

   さっき黄いろなぼろ服を着て

   消防小屋に居たやつだなと

   この人たちがさゝやき合ふ

   霰は一さうはげしくなって

   そこらの家も土蔵もかすむ

   むかしは富有な村だったのに

   いまはすっかりいけなくて

   しじゅう公事をしたり

   骨董をいぢったりするといふ

   この山峡の小さな村で

   犬がはげしく吠えてゐる

 

 


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