七三〇ノ二

     増水

                  一九二七、八、一五、

   

   悪どく光る雲の下に

   幅では二倍量では恐らく十倍になった北上は

   黄いろな波をたててゐる

   鉄舟はみな敝舎へ引かれ

   モーターボートはトントン鳴らす

   下流から水があくって来て

   古川あとの田はもうみんな沼になり

   豆のはたけもかくれてしまひ

   桑のはたけももう半分はやられてゐる

   かたつむりの痕のやうにひかりながら

   島になって残った松の下の草地と

   白菜ばたけをかこんでゐる

   いつの間にどうして行ったのか

   その温い恐ろしい磯に

   黒くうかんで誰か四五人立ってゐる

   一人は網をもってゐる

   はゞきをはいて封介もゐる

   水はすでに

   この秋のわが糧を奪ひたるか

   屋根にのぼって展望する

   

   廐肥の束はみなことごとく高みに運び

   鍬と笊とは先刻腰まで水にひたって

   辛くも奪ひかへして来た

   

 


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