実験室小景
一九二七、二、一八、
(酵母をみんなで食ふのかね)
(みんなといって
まあ必要な人だけですな)
(そんなに流行ってゐるのかね)
(えゝまあ とにかく効くさうで)
暖炉はひとりでうなってゐるし
黄いろな時計はびっこをひきひきうごいてゐる
(杉山君はどうしたね)
(亜片を呑んで死にました)
(さうだってねえ
どうしてやけになったんだらう)
(からだがとうも弱っくって
それに何だか女のこともありまして)
雪の反射とポプラの梢
そらを行くのはオパリンな雲
あるひはこまかな氷のかけら
(かなり仕事もしたんだらう)
(ずゐぶん稼いで居りました
プランクトンの調査など
よほど進んでゐたさうですが
会社で発表しませんです)
湯気をふくふくテルモスタット
(あっちはずゐぶん暑いかね)
(東京よりは楽ですな)
(どうもみんながさう云ふやうだ)
風がふけば
またひとがあるけば
棚にならんだ目盛(メージヤーリング)フラスコの
そのいちいちの黄いろな液が
めいめいはげしくひかってゆれる
塩酸比重一ポイント〇二
右はタンニン定量用
(いま先生は
やっぱりあすこにおすまひですか)
(えゝ えゝ こゝももう九年です)
ぎらぎら砕けるポプラの梢