東洋学者の散歩

   

   昨日固態の水銀ほど

   乱れた雲を弾いてゐた

   地平の青い膨らみが

   徐々に平位を復して来た

   しかも国土の質たるや

   それが瑠璃また玻璃で成るともせよ

   ただに硬きを尚ばず

   地面が踏みに従って

   小さい歪みをなすことはなほ

   天竺乃至西域諸国の

   永い夢想であったのである

   火が青山に落ちやうとして

   麦が古金に熟するとする

   わたしが名指す古金とは

   同じい純粋の黄金とは云へ

   暗い黄いろなものでなく

   竜樹菩薩の大論に

   わづかに暗示されたるもの

   すなはちその徳はなはだ高く

   その相はるかに旺んであって

   むしろ流金(quick gold)ともなすべき

   わくわくたるそれを云ふのである

   蓋し水銀は常に水銀であって

   摂氏四度と一気圧下では

   比重十三ポイント六と

   かうした式の考へ方は

   現代科学の域内にても

   あてずっぽうの俗信たるに過ぎぬのである

 

   ははあこいつは面白い

   あすこ湿った紫紺の雲のこっち側

   何か播かれた四角な畑に

   かながら製の幢幡とでもいふべきものが

   八つ正しく立てられてゐて

   古金の色の夕陽にうかび

   いろいろの風にさまざまになびくのは

   たしかに鳥を追ふための装置であって

   誰とて異論もないのであるが

   それがことさらあゝいふ風な

   八つの数をそろへたり

   方位を正して置かれたことは

   ある種拝天の余習であるか

   一種の隔世遺伝であるか

   わたしはこれをある契機から

   ドルメン周囲の施設の型と考へる

   さう亀茲国の夕陽のなかを

   やっぱりたぶんかういふ風に

   鳥がすうすう流れたことは

   出土の壁画や何かから

   ただちに指摘できるけれども

   沼地の青いけむりのなかを

   はぐろとんぼが飛んだかどうか

   そは杳として知るを得ぬ

 

 


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