朝日は青く
ひかりは銅
あざみの影も蕗の影も
みんな右手の谷に落ちる
谷には灰いろの霧がよどんで
木の影がいっぱいに青く射込まれ
寒天質(アガーチナス)におぼろである
……その灰いろの霧のなかで
鳥がたくさんないてゐる……
まっ赤なあざみの花がある
かすかにもった陽に咲けば
こんど新に作出された
巨きなカカリヤの花とも見える
そんなにまっ赤なあざみの花
尾根みちにのぼって
まだ十分にもならないのに
靴もづぼんも露でいっぱい
流れを渡ったやうになった
図板のけいも青くながれ
まだ種山は見えて来ない
年々草がへるといふのは
一つは脱ろ一つは馬がふむためだらう
軍馬補充部の六原支部が
来年度から廃止になれば
上閉伊産馬組合が
払ひ下げるか借りるかして
それを継承するのだけれども
組合長の高清は
きれいに分けた白髪を、
片手でそっとなでながら
ひとつ無償でねがひたい、
われわれ産馬家といふものは
政策上から奨励されて
とても間にあはない産馬事業を
三十年もやって来た
さうしてそれをやったものが
みんな貧乏してゐると
さういふことを陳情する
……また山鳥のプロペラー……
もういまごろはちゃんと起きて
こっちが面白はんぶんに
山を調べに出ることを、
手にとるやうに見すかしながら
何十年の借金で、
根こそげすっかり洗ひつくし
教会のホールのやうになった
がらんとした巨きな室のなかで
しづかにお茶をのんでゐる
……谷にゐるのは山鳥でない
かなり大きな鳥だけれども
行ったりきたりしてゐるところ
それが到底山鳥でない……
はげしい栗の花のにほひ
送って来たのは西の風だ
谷の霧から岬のやうに
まっ青なそらに泛んでゐる
向ふの尾根のところどころ
月光いろの梢がそれだ
風にとかされきれいなかげらふになって
いくすじもいくすじもここらの尾根を通るのだらう
……この谷そこの霧のなかの
三軒かある小さな部落……
東は青い山地の縞が
かゞやかに陽を醸造する