〔どろの木の根もとで〕

   

   そのどろの木の根もとのとこで

   青火を噴いてはねあがるのは

   こゝらの古い水きねである

   つゞけて水はたうたうと落ち

   きねはしばらく静止する

   ひるなら羊歯のやわらかな芽や

   プリムラも咲く小流れの岸

   小さな屋根もふいてある

   なかで夜通し粟か稗かゞ搗かれるだらう

   きねは沈んでまたはねあがり

   月の青火はぼろぼろに散る

   どこかで鈴が鳴ってゐる

   じつにかすかに規則正しく鳴ってゐる

   そっちは暗い何かの森で

   かぎなりをした巨きな家が

   影にくろぐろかくれてゐる

   前の四角な広場には

   五十ばかりの廐肥の束が

   月のあかりに干されてゐる

   鈴は右手の家の袖からひゞいてくる

   ねむった馬の胸に吊るされ

   呼吸につれてふるえるのだ

   しき草の上に足を折って

   馬は恐らくかんばしくねむる

   わたくしもまたねむりたい

   どこかで鈴とおんなじに啼く鳥がある

   それはたとへば青くおぼろな保護色だ

   向ふの丘の影の方でもないてゐる

   そのまたもっと向ふでは

   たしかに川も鳴ってゐる

   やがて東が白くなり

   廐肥が山に運び出される頃までには

   わたくしも外山に着かなければならない

   水きねはまたはねあがり

   やなぎの絮や雲さびが

   どろの梢をしづかにすぎる

 

 


   ←前の草稿形態へ

次の草稿形態へ→