五二〇

     巨杉

                  一九二五、四、一八、

   

   地蔵堂の五本の巨杉(すぎ)

   青くまばゆい空気の海に

   もくもくもくもく盛りあがるのは

   通力を得て遁げだした

   青唐獅子の一族が

   ここで誰かの呪文を食って膨ろばり

   仏法守護を命ぜられたといふかたち

   地蔵堂のこっちに続き

   さくらもしだれの柳もまはる

   蕾蓮華のかたちの窓や

   鉛いろした障子をつけて

   風にひなびた天台寺(でら)

   かしこくむら気な桜場寛の育った家だ

   小さなときに寛がそこらで遊んでゐて

   あの樹を樹だとおもったらうか

      ……木は天頂の巻雲を

        悠々として航行する……

   またその寛の叔父かにあたり

   いま教授だか校長だかの

   国士卓内先生も

   この木を木だとおもったらうか

     洋服を着ても和服を着ても

     それが法衣に見えるといふ

     鈴木卓内先生は

     この樹を樹だとおもったらうか

       ……樹は天頂の巻雲を

         悠々として航行する……

   いまやまさしく地蔵堂の正面なので

   樹には雀の声がいっぱい

   茶いろに粗い二本の幹の間に

   九級ばかりの石段と

   炭酸水に色あせた

   赤い鳥居が塡められて

   (五字不明)たくさんの柔らかな洞穴をもち

   水もごうごう流れてゐる

      ……樹には雀がいっぱいに巣をくってゐて

        はねをぶるぶる鳴らしたり

        せいいっぱいにさえづるので

   粘板岩の石碑もくらく

   鷺もすだけば

   こどものボールもひかってとぶ

 

 


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