五〇八

     発電所

                  一九二五、四、二、

   

   鈍った雪をあちこち載せる

   鉄やギャブロの峯の脚

   二十日の月の錫のあかりに

   ぼんやり赤い落水管と

   ガラスづくりの発電室と

     ……また余水吐の青じろい滝……

   ねずこを雲のその蛍光にたゞしくならべ

   柏の影をみちに落して花候のやうにあやしくし

   幾列の清冽な電燈は

   華奢な盗賊紳士風した風のなか

   まっくろな蝸牛水車(スネールタービン)で早くも春の雷気を鳴らし

   巨きな鞘翅発電機で青い夜中のねむけをふるはせ

   あとはフズリナ配電盤で

   一つの交通地図の模型をこしらえ

   むら気な十の電圧計と

   もっと多情な電流計を

   ぽかぽか監視してゐると

   そのうちだんだんそこらが温くなりだして

   交通地図のあちこちに

   模型の川の町ができ

   小さな汽車も馳け出せば

   まもなく技師の耳もとで

   やさしい声が何か云ふ

   おゝ恋人は玲瓏と

   全身ガラスでできて

   春の氷をジャケツに着れば

   胸にはひかるポタシュバルヴの心臓が

   赤と青とのリトマス液を盛ってゐる

   やっぱりあなたは心臓を

   三つももってゐたんですねと

   技師がかなしくかこって云へば

   恋人はにはかに卒倒して

   コンクリートの床の上に

   微塵になって砕けてしまふ

   愕然として技師がおもてをながめると

   川の向ふの黒いカーバイト工場の

   まっ黒な夜の屋根から

   赤い傘、火花の雲がたってゐて

   技師はさびしく時計を仰ぐ

 

 


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