一九二四、八、一七
いちいちの草穂の影も落ち
おほばこのスペイドも並んで映る
この清澄な月の昧爽ちかく
楢の木立の白いゴシック廻廊や
降るやうな虫のジロフォン
みちはひとすじしらしらとして
四つの峯のふもとを繞る
椈の林にはいらうとする
……あゝいつまでも黒く寂しい
香食類の探索者……
北いっぱいの星ぞらに
ぎざぎざ黒い嶺線が
幾すじ白いパラフヰンを
つぎからつぎと噴いてゐる
……そこにもくもく月光を吸ふ
蒼くくすんだカステーラ……
その青じろい果肉のへりで
花粉ぐらゐの二つの星が
ほのぼのとして婚約する
ダイアモンドのトラストが
獲れないふりのストックを
みんないちどにぶちまけたり
十九世紀の終りごろ
坊主らのいふ天だの神が
いったいどこにあるかと云って
望遠鏡をぐるぐるさせる
さういふ風の明るいそらだ
またこっちではどれかの星の上あたり
天を見附けてやらうといって
やっぱり眼鏡をぐるぐるまはす
さういふ風の明るい晩だ
……あゝ えん然とわらって充ちる
梵の天の住民の恋……
黒い鶏頭山の冠を
巨きな青い一つの星が
わづかに触れて祝福すれば
そこから暗い雲影が
なゝめに西に亘ってゐる
……雲のはかない残像が
しらしらとしてそらにながれる……
にわかに薮を踊りたつ
一ぴきの黒いかうもり
またきららかな蜘蛛の糸
……点々白い伐株と
まがりくねった二本のかつら
草にもおどるかうもりの影……
いちいちの草穂の影さへ落ちる
この清澄な月の昧爽ちかく
楢の木立の白いゴシック廻廊や
降るやうな虫のすだきを
みちはひとすじほそぼそとして
巨きな黒の椈林
樹々のねむりを通って行く
……アスティルベ アルゲンチウム
アスティルベ プラチニクム……
椈の脚から火星がのぞき
ひらめく萱や
月はいたやの梢にくだけ
木影の網を
わくらばのやうにとぶ蛾もある