一五八

     夏幻想

                  一九二四、七、一五、

   

     紺青の地平線から

     かすかな琥珀のけむりがあがる

   (北上川は(一字分空白)気をながし

    草はまひるのうれひを翳(かざ)す か)

   (山はまひるのけむりをながすの方がいゝわ)

   (川と山でか?)

   (だってうれひを翳すなんてもう古いわ)

   (はてなそいつは東京だけ……)

   (あっあの鳥はなんだらう)

   (あれかけすだわきっと)

   (どれだい)

     稲草が魔法使ひの眼鏡で見たといふふうで

     天があかるい孔雀石板で張られてゐるこのひなか

     赤ペイントの高圧線に

     からだをまげてとまってゐるのは何鳥だらう

   (かけすでないや

    あんなに嘴がながいんだもの)

   (だってせなかが蒼いわよ)

   (かけすはあんなにちいさくないや)

   (だからかけすのこどもだわ)

   (待てよ

    ははあ あいつはかはせみだ

    かはせみさ めだまの赤い

    あゝミチア、今日もずゐぶん暑いねえ)

   (何よミチアって)

   (あいつの名だよ

    ミの字はせなかのなめらかさ

    チの字はくちのとがった工合

    アの字はつまり愛称だな)

   (マリアのアの字も愛称なの?)

   (ははは 来たな

    聖母はしかくののしりて

    フェルト草履ははきたまふ

    きみはあかしろだんだらの……)

     ……ジラフではない縞馬は

       何といったか 縞馬は

       なんでもジラフに似てゐたが……

   (つぎはどう?)(うんつぎは えゝと……)

     ……きみはあかしろだんだらの

       縞馬にこそ似たりけれでは

       もう一ぺんに怒ってしまふ

       これは結局云はれない

   (つぎはできない)

   (いまのはものにならないやうだ)

   (トロバトーレもおちぶれたわね)

     まだ魚狗はじっとして

     川の青さをながめてゐる

     あいつが夜鷹や蜂鳥と

     科が同じとはおもしろい

     たとえば三人きゃうだいの

     たったひとりが鉄花だと

     さあよし

     あの魚狗がテーマだぞ

     あたいのあにきはやくざものと

   (そんならこんどはどうだらう

    あたいの兄貴はやくざもの……ってんだ)

   (よさそうだわ)

   (あたいのあにきはやくざものあしが弱くてあるきもできずってんだ

    口をひらいて飛ぶのが手柄か

    名前を夜鷹と申しますってんだ)

   (おもしろいわ それなによ)

   (まあ待って

    それにおととも卑怯ものってんだ

    花をまはってミーミー鳴いて

    蜜を吸ふのが……えゝと……密を吸ふのが……)

   (得意です?)

   (いや)

   (何より自慢?)

   (いや えゝと

    蜜を吸ふのが日永の仕事

    蜂の雀と申します)

   (おもしろいわ それ何よ?)

   (あたいといふのが誰だとおもふ?)

   (わからないわ)

   (あすこにとまってゐらっしゃる

    眼のりんとしたお嬢さん)

   (かはせみ?)

   (まあそのへん)

   (夜鷹があれの兄貴なの?)

   (さうだとさ、

    それはなんでも女学校のときの

    おまへの教科書にあったやうだぜ)

   (知らないわ

    あら 飛んだ 飛んだ)

   (ねえ はやいねえ

    やっぱり蝉のやうだねえ)

   (たうたう川を越えたわね)

     さてもこんどはししうどの

     月光いろの繖形花から

     はがねの翅の甲虫が

     一ぺんに千飛びあがる

   (まあ大きなバッタカップですこと)

   (ふう)

     伊勢物語のまねなどは

 

 


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