一一八

     凾館港春夜光景

                  一九二四、五、一九、

   

   地球照ある七日の月が、海峡の西にかかって、岬の黒い山々が、

   雲をかぶってたゞずめば、

   そのうら寒い螺鈿の雲も、またおぞましく呼吸する

   そこに喜歌劇オルフィウス風の、赤い酒精を照明し、奇怪な虹の汁をそゝいで、

   水と陸とを重唱せしめ、春と夏とを交雑する 妖蠱綺奕の丘阜群

     きたきたきたきたきたわいな つじうらはっけがきたわいな

     うんきのそんきのはやわかり、かいりくいっしょにわかります

   海ぞこのマクロフィスティス群にもまがふ、巨桜の花の梢には、

   いちいちに氷質の電燈を盛り、

   朱と蒼白のうっこんかうに、海百合の椀を示せば

   釧路地引の親方連は、まなじり遠く黄の酒を汲み、魚の歯したワッサーマンは、

   狂ほしく灯影を過ぎる

     五がつははこだてこうえんち、えんだんまちびとねがひごと、

     うみはうちそと日本うみ、りゃうばのあたりもわかります

   夜ぞらにふるふビオロンと銅鑼、サミセンにもつれる笛や、繰りかへす螺のスケルツォ

   あはれマドロス田谷力三は、海の安藤文子と唱ひ、

   高田正夫は烏と黒い、紙の服着て典雅に踊る

   青いえりしたフランス兵は、桜の枝をさゝげてわらひ、船渠会社の観桜団が

   瓶をかざして広場を獲れば、ふたゝび襲ふ海霧のおぼろ、

   孤光わびしい陶磁とかはり、白のテントもつめたくぬれて、

   巨蟹もとほるバナナの森に、

   ひとりつぶやくクラリオネット

   

   風はバビロン柳をはらひ、またときめかす花梅のかほり、

   海霧(ガス)のちぎれの火蛋白石(ファイヤオーパル)と 青い螺鈿はそらにうかんで

   残りのかぐろい七日の月は いま海峡の雲にかくれる

 

 


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