〔澱った光の澱の底〕

   

   澱った光の澱の底

   夜ひるのあの騒音のなかから

   わたくしはいますきとほってうすらつめたく

   シトリンの天と浅黄の山と

   青々つづく稲の氈

   わが岩手県へ帰って来た

   こゝではいつも

   電燈がみな黄いろなダリヤの花に咲き

   雀は泳ぐやうにしてその灯のしたにひるがへるし

   麦もざくざく黄いろにみのり

   雲がしづかな虹彩をつくって

   山脈の上にわたってゐる

   これがわたくしのシャツであり

   これらがわたくしのたべたものである

   眠りのたらぬこの二週間

   瘠せて青ざめて眼ばかりひかって帰って来たが

   さああしたからわたくしは

   あの古い麦わらの帽子をかぶり

   黄いろな木綿の寛衣をつけて

   南は二子の沖積地から

   飯豊 太田 湯口 宮の目

   湯本と好地 八幡 矢沢とまはって行かう

   ぬるんでコロイダルな稲田の水に手をあらひ

   しかもつめたい秋の分子をふくんだ風に

   稲葉といっしょに夕方の汗を吹かせながら

   みんなのところをつぎつぎあしたはまはって行かう

 

 


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