地主

   

   水もごろごろ鳴れば

   鳥が幾むれも幾むれも

   まばゆい東の雲やけむりにうかんで

   小松の野はらを過ぎるとき

   ひとは瑪瑙のやうに

   酒にうるんだ赤い眼をして

   がまのはむばきをはき

   古いスナイドルを斜めにしょって

   胸高く腕を組み

   怨霊のやうにひとりさまよふ

   この山ぎはの狭い部落で

   三町歩の田をもってゐるばかりに

   殿さまのやうにみんなにおもはれ

   じぶんでも首まで借金につかりながら

   やっぱりりんとした地主気取り

   うしろではみみづく森や

   六角山の下からつゞく

   一里四方の巨きな丘に

   まだ芽を出さない栗の木が

   褐色の梢をぎっしりそろへ

   その麓の

   月光いろの草地には

   立派なはんの一むれが

   東邦風にすくすくと立つ

   そんな桃いろの春のなかで

   ふかぶかとうなじを垂れて

   ひとはさびしく行き惑ふ

   一ぺん入った小作米は

   もう全くたべるものがないからと

   かはるがはるみんなに泣きつかれ

   秋までにはみんな借りられてしまふので

   そんならおれは男らしく

   じぶんの腕で食ってみせると

   古いスナイドルをかつぎだして

   首尾よく熊をとってくれば

   山の神様を殺したから

   ことしはお蔭で作も悪いと云はれる

   その苗代はいま朝ごとに緑金を増し

   畔では羊歯の芽もひらき

   すぎなも青く冴えれば

   あっちでもこっちでも

   つかれた腕をふりあげて

   三本鍬をぴかぴかさせ

   乾田を起してゐるときに

   もう熊をうてばいゝか

   何をうてばいゝかわからず

   うるんで赤いまなこして

   怨霊のやうにあるきまはる

 

 


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