あの雲を見てぎくっとする

   あながちひとりきみだけでない

   今川すじの五十里に

   麦のはたけをさくったり

   桑を截ったりしてゐるもの

   われらにひとしい幾万人

   それがおのおのいままで冬と戦ってきた情熱を

   うらがなしくもなにかほのかなのぞみに変へて

   みなあの雲に投げてゐる

   そのどんよりと黒いもの

   温んだ水の懸垂体

   それこそ恋愛自身とも見え

   或ひはたべものにも家にもなりさうな

   黒く豊かな春の雲だ

 

 


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