稲熱病
稲熱に赤く敗られた稲に
みんなめいめい影を落して
ならんで畔に立ってゐると
浅黄いろした野袴をはき
蕈の根付を腰にはさむ
七十近い人相もいゝ竹取翁、
しかも西方ほの青い夏の火山列を越えて
和風が絶えず嫋々と吹けば
シャツの袖もすゞしく
みんなの胸も閑雅であるが
恐らく半透明な黄いろの胞子は
億万無数東方かけて飛んでゐるので
風下の百姓たちは
はやくもため息をついて
恨めしさうに翁をちらちら見てゐるのだ
この田の主はふるえてゐる
胸にまっ黒く毛の生えた区長が
向ふの畔で
厚い舌を出して唇をなめて
何かどなりでもしさうなのだ
そらでは幾きれ鯖ぐもが
きらきらひかってながれるのだ
これが烈々たる太陽の下でなくて
顔のつらさもはっきり知れない月夜ならば
百姓たちはお腹が空いたら召しあがれえといふ訳で
翁は空を仰いで得ならぬ香気と
天楽の影を慕ふであらうし
拙者もいかに助かることであらう