稲熱病

   

   いちめんの稲田のなかに

   じつに佇立ともいふべき

   酸性土壌の一本松ではないか

   そこから北へ二反歩だけ

   糯がまっ赤に敗られてゐる

   しかも西方青い火山列を越えて

   和風が絶えず嫋々と吹けば

   恐らく半透明な黄いろの胞子は

   億万無数東方かけて飛んでゐる

   風下の百姓たちは

   はやくもため息をつきながら

   恨めしさうに

   この田の主をちらちら見る

   主といふは浅黄いろした雪袴をはき

   蕈の根付を腰にはさむ

   七十近い竹取翁でないか

   そらでは幾きれ鯖ぐもが

   きらきらひかってながれてゐる

   お腹が空いたら召しあがれえだ

   (おう誰かマッチ借せ)

   向ふの畔で

   胸にまっ黒く毛の生えた男が

   こっちへどなって

   厚い舌を出して唇をなめる

   胸毛はほとんど熊糯の芒だ

 

 


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