一〇五九

     〔芽をだしたために〕

                  一九二七、五、九、

   

   芽をだしたために

   大へん白っぽく甘酸っぱくなった山である

    このわづかな休息の時間に

    上層の風と交通するための第一の条件は

    そんな肥った空気のふぐや

    あはれなレデーを

    煙幕でもって退却させることである

      ……川なめらかにくすんでながれ……

    実に見給へ 傾斜地にできた

    すばらしい杉の方陣である

    諸君よ五月になると

    林のなかのあらゆる木

    あらゆるその藪のなかのいちいちの枝

    みなことごとくやはらかな芽をひろげるのである

        川にぶくひかってながれ

   退職の警察署長のむすめが

   水いろの上着を着て

   電車にのって小学校に出勤しながら

   まちの古いブルジョア出身の技術者を

   少しの厭悪で見てゐたのである

    こゝはひどい日蔭だ

    ぎざぎざの松倉山の下のその日蔭である

    あんまり永くとまってゐたくない

    けれどもいったい

    これを岩頸だなんて誰が云ふのか

   

 


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