一〇〇三

     〔ソックスレット〕

                  一九二七、二、

   

       ソックスレット

       光る加里球

       並んでかゝるリービッヒ管

   みんなはどこへ行ったのだらう

   暖炉が燃えて

   黄いろな時計はつまづきながらうごいてゐる

    塩酸比重一・一九(ヷセリンを持って来てください)

    タンニン定量用

    Conc. アルコール(今日はそのエーテルを全部

             回収してしまってください)

   このレッテルはわたくしの字だ

   十年前のごくおぼつかないわたくしの字だ

   けれどもこんなに紙が白くて

   蝋も塗られてゐないのは

   やっぱり誰か相似形の一つが

   つめたい風にはあはあ息をつきながら

   一生けん命ねらって書いたに相違ない

     ……雪の反射とポプラの梢……

   よくまあこんなうすいろの陰暗だの

   がさつな藪にかこまれながら

   感量〇・〇〇〇二といふ風な

   こまかな仕事をしてゐるもんだ

     ……そらをかけてゐるものは

       オーパルの雲か

       それとも近い氷のかけらの系列か……

   風がふけば

   またひとがあるけば

   目盛フラスコの

   そのいちいちの色異った溶液が

   めいめいきれいにひかってゆれる

     ……色のついた硝酸がご用ですか……

     ……いゝえ わたくしの精神がいま索ねて居ますのは

       水に落ちた木の陰影の濃度を測定する

       青い試薬がほしいんであります……

   ぎらぎら砕けるポプラの枝と雲の影

   

   

 


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