一〇五六

     〔秘事念仏の大元締が〕

                  一九二七、五、七、

   

   秘事念仏の大元締が

   今日は息子と妻を使って、

   北上ぎしへ陸稲(おかぼ)播き、

      なまぬるい南の風は

      川を溯ってやってくる

   秘事念仏のかみさんは

   乾いた牛の糞(コヤシ)を捧げ

   もう導師とも恩人とも

   じぶんの夫をおがむばかり

      緑青いろの巨きな蠅が

      牛の糞をとびめぐる

   秘事念仏の大元締は

   麦稈帽子をあみだにかぶり

   黒いずぼんにわらじをはいて

   よちよちあるく烏を追ふ

      紺紙の雲には日が熟し

      川は鉛と銀とをながす

   秘事念仏の大元締は

   むすこがぼんやり楊をながめ

   口をあくのを情けながって

   どなって石をなげつける

      楊の花は黄いろに崩れ

      川ははげしい針になる

   下流のやぶからぽろっと出る

   紅毛まがひの郵便屋

   

 


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