一九二七、四、二〇、

   

   ひるになったので

   枯れたよもぎの茎のなかに

   長いすねを抱くやうに座って

   一ぷくけむりを吹きながら

   こっちの方を見てゐるやうす

   七十にもなって丈六尺に近く

   うづまいてまっ白な髪や鬚は

   まづはむかしの大木彫が

   日向へ迷って出て来たやう

   日が高くなってから

   巨きなくるみの被さった

   同心町の石を載せた屋根の下から

   ひとりのっそり起き出して

   鍬をかついであちこち見ながら

   この川べりをやって来た。

   おまへの畑は甘藍などを植えるより

   人蔘やごぼうがずっといゝ

   おれがいゝ種子を下すから

   一しょに組んで作らないかと

   さう大声で云ひながら

   俄かに何を考へたのか

   いままで大きく張った眼が

   俄かに遠くへ萎んでしまひ

   奥で小さな飴色の火が

   かなりしばらくともってゐた

   それから深く刻まれた

   顔いっぱいの大きな皺が

   氷河のやうに降りて来た

      それこそは

      時代に叩きつけられた

      武士階級の辛苦の記録、

      しかも殷鑑遠からず

      たゞもうかはるがはるのはなし

   折角の有利な企業への加入申込がないので

   老いた発起人はさびしさうに、

   きせるはわづかにけむりをあげて

   やっぱりこっちをながめてゐる

   

 


   ←前の草稿形態へ