一〇〇一

     汽車

                  一九二七、二、一二、

   

   さあどうぞ、

   どうぞおさきへ

   プラットフォームは眩ゆくさむく

   緑に塗られたシグナルや

   きららかに飛ぶ氷華のなかに

   わづかばかりの朝刊や

   郵便物がとりおろされる

       かういふ八百長礼譲も

       もう二月でおしまひだ

       しかもなんとこの生活のなつかしさよ

   車のなかはちいさな塵の懸垂と

   そのうつくしいティンダル効果

     あゝ空いてゐる

     えゝどっちでも

     はははぼくが趨光的ですか

     するとあなたは背光性

     さあどうだかな

   日照はいましづかな冬で

   でんしんばしらや建物や鳩

     どのひとですか

     あゝあの窓に見送りの

     え あの人はお医者です

     道又医院、あるでせう、あの坂の上、

     古い東京医学校

     今の大学前身とかの出ださうで

   あゝ偏狭に学士は老いて

   さびしくひとを見送って立ち

   その影消えて鎖した窓は

   夜の残りの氷羊歯、

     えゝ持ってます

   かゞやいて立つ氷の樹

   蒼々けぶる山と雲

   髪をみだし黒いネクタイをつけて

   朝の光にねむる写真師

     いやさうですよ

     一年中に十ぺんぐらゐ

     汽車の用事のあるとかいった生活は、

     なかなか見切りがつかんですなあ

   酒など醸す雪屋根に

   あちこち高い梨の木も

   今日は多量の氷華をつける

     帰りは五時のつもりです

     ははあ

     それではまたごいっしょに

   

 


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