発電所

   

   雪とギャブロの峯の脚

   二十日の月の錫のあかりに

   わづかに赤い落水管や

   ガラスづくりの発電室や

     ……また余水吐の青じろい滝……

   くろい蝸牛水車(スネールタービン)

   早くも春の雷気を鳴らし

   鞘翅発電機(ダイナモコレオプテラ)をもって

   愴たる夜中のねむけをふるはせ

   大トランスの六つから

   三万ボルトのけいれんを

   野原の方へ送りつけ

   むら気多情の計器(メーター)どもを

   ぽかぽか監視してますと

   いつか巨大な配電盤は

   交通地図の模型と変じ

   小さな汽車もかけ出して

   海よりねむい耳もとに

   やさしい声がはいってくる

   おゝ恋人の全身は

   玲瓏としたガラスでできて

   春の氷を靴にはき

   胸にはひかるポタシュバルヴの心臓が

   わくわくとしてふるえてゐる

   やっぱりあなたは心臓を

   三つももってゐたんですねと

   技手がかなしくかこって云へば

   令嬢(フロイライン)の全身は

   いささかピサの斜塔のかたち

   どうやらこれは重心が

   脚より前へ出たやうと

   技師がみつめてゐるうちに

   (数文字不明)してしまふ

   コンクリートのつめたい床に

   工手は落した油射(オイル)をひろひ

   窓のそとでは雪やさびしい蛇紋岩(サーペンティン)の峯の下

   フェロシリコンの工場から

   赤い傘 火花の雲が舞ひあがり

   一列の清冽な電燈は

   たゞ青じろい二十日の月の

   盗賊紳士風した風のなかです

 

 


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