陸中国挿秧之図

                  宮澤賢治

   

   ラルゴや青い雲滃やながれ

   玉髄焦げて盛りあがり

   風は苗代の緑の氈と

   はんの木の葉を輝やかし

   桐の花も咲き

   まるめろやりんごの鴇色も燃える野原

   馬もゆききし

   ひともうつつにうごいてゐる

     つらなるもの

     あやしく踊り惑むもの

     あるいは青い蘿をまとふもの

   馬は水けむりをひからせ

   こどもはマオリの呪神のやうに

   小手をかざしてはねあがる

      ……あまずつぱい風の脚

        あまずつぱい風の呪言……

   鳥は林で銀やガラスやあらゆる穀粒を撒きちらし

   畦畔はたびらこの花きむぽうげ

   また田植花くすんで赭いすいばの穂

     ……山脈のいちいちの襞と縞とに

       まつ白な霧の火むらが燃えあがる

   かくこうもしばらくうたひやみ

   ひともつかれはゼラチンの菓子とかんがへ

   水をぬるんだスープとおもひ

   たくさんの黄金のラムプが

   畔で光を発射するとおもひながら

   もうひとまはり代を掻く

       ……たてがみを残りの夕陽に乱す馬

         こつちはやすみの

         うなじをたれて草を食ふ馬……

   檜葉かげろへば

   赤楊の樹 銅のかがみを吊し

   人はメフエストフエレス気取で

   黒い衣裳の手をひろげ

   夕陽の中に燐酸をまく

      ……影とコムパス

        せはしく光るゼラチン盤……

   雲の羊毛たちまち縮れて日をかくし

   また行きすぎれば青々くらむ松並木

 

 


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