三三三

                  一九二五、五、七、

   

   挨拶をしに本部へ行って

   書記が出て来もしないのに

   芽を出した芝の上だの

   調馬所の囲ひのなかを

   かう生徒らがかけ歩いては

   だいいちかんじやうもんだいになる

   約十分間分れだなんて

   あんまり早く少尉がやってしまったもんだ

   ところがやつは膝の上までゲートルをはき

   水筒などを肩から釣って

   けろんとそらをながめてゐる

   そこには四本巨きなドロが

   かがやかに日を分劃し

   わづかに風にゆれながら

   ぶつぶつ硫黄の粒を噴く

   じつに何とよく晴れた春のそらよ

   せいせいと東北東の風が吹いて

   イーハトーヴォの死火山は

   斧劈の皺(シユ)を示してかすみ

   から松の一聯隊は

   青ざめてはるかに消える

       (羊の眼(まなぐ)

        蛍みだいに光るけな)

   書記がぽろっとあらはれて

   緑青いろに点火(とも)ってくる

   まあご随意にごらんなさいといはれたけはひ

   さればいよいよ鳥も冴え

   桜の花ももっともらしく

   七つ森ではつゝどりどもが

   いまごろ寝ぼけた機関銃

   それからこんどは鶯が

   三八式に啼いたので

   歩兵少尉がしかつめらしく手をかざす

        (あっ誰だ

         電線へ石投げたのは!)

   くらい羊舎のなかからは

   顔ぢゅう針のささったやうな

   巨きな犬がうなってくるし

   さすがの少尉も青ざめて

        (こら犬をからかってはいかん!)といふ

   井戸では紺の滑車が軋り

   蜜蜂は

   相もかはらず歓語の網を織りつゞける

        (イーハトーヴォの死火山よ

         その水いろとかゞやく銀との襞をおさめよ)

 

 


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