冬 (幻聴)

                  宮 澤 賢 治

 

   がらにもない商略なんぞたてやうとしたから

   そんなミザンスロピーにとつつかまつたんだ

          ……とんとん叩いてゐやがるな……

   なんだい、あんな、二つぼつんと赤い火は

   ……山地はしづかに収斂し

          凍えてくらい月のあかりや雲……

   八時の電車がきれいなあかりをいつぱいのせて

   防雪林のてまへの橋をわたつてくる

      ……あゝあ、風のなかに消えてしまひたい……

   蒼ざめた冬の層積雲が

   ひがしへひがしへ畳んで行く

          ……とんとん叩いてゐやがるな……

   世紀末風のぼんやり青い氷霧だの

   こんもり暗い松山だの か

          ……ベルが鳴つてるよ……

   向日葵の花のかはりに

   電燈が三つ咲いてみたり

          ……ムーンディーアサンディーアだい……

   巨きな雲の欠刻

      ……いつぱいにあかりを載せて電車がくる……

 

 


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