三〇五

     〔その洋傘(かさ)だけでどうかなあ〕

                  一九二四、一一、一〇、

   

   その洋傘(かさ)だけでどうかなあ

   虹の背后(うしろ)が青く暗くて怪(おか)しいし

   そのまた下があんなまっ赤な山と谷

     ……こんもりと松の籠(こも)った岩の鐘……

   日にだまされてでかけて行くと

   シャツの底まで凍ってしまふ

     ……建物中の玻璃(ガラス)の窓が

       みんないちどにがたがた鳴って

       林はまるで津波のやう……

   ああもう向ふで降ってゐる

   へんにはげしく光ってゐる

   どうも雨ではないらしい

     ……もうそこらへもやってくる

       まっ赤な山もだんだんかくれ

       木の葉はまるで鼠のやうに

       ぐらぐら東へ流される……

   それに上には副虹だ

   あの副虹のでるときが

   いちばん胸にわるいんだ

     ……ロンドンパープルやパリスグリン

       あらゆる毒剤のにほひを盛って

       青い弧(アーク)を虚空(そら)いっぱいに張りわたす……

   まあ掛けたまへ

   ぢきにきれいな天気になるし

   なにか仕度もさがすから

     ……たれも行かないひるまの野原

       天気の猫の目のなかを

       防水服や白い木綿の手袋は

       まづロビンソンクルーソー……

   ちょっとかはった葉巻を巻いた

   フェアスモークといふもんさ

   それもいっしょにもってくる

 

 


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